一年生春編 運命に翻弄される春

「おはよう、セリスさん。今日のお加減はいかが?」

 今日もミーナ様が迎えに来てくださいました。
 ……馬車で。
 城下町の片隅とはいえ、貴族とは縁遠い地域です。近所のおばちゃんたちがチラチラこっちを見ています。

「あの、ミーナ様。これはいったい」
「昨日の今日だから。帰り、歩くの辛かったでしょ? だから登校のときだけでも楽になればいいかと思ったの。余計なお世話だったかしら」
「いいえ。ありがとうございますミーナ様、嬉しいです」

 ミーナ様の優しさに甘えることにしました。



「……そう。どうりで一部の記憶が曖昧になっていたわけだわ。まさかアタシにまで忘却術をかけるなんて。次会ったらお説教よ!」

 二人きりの馬車の中なので、私は昨日イワン様から聞いたことを話しました。
 クラスメートとミーナ様に忘却術をかけて、私を無理やり勧誘した事実を隠蔽しようとした。
 当人の私にだけ忘却術が効かないみたいで、バッチリ覚えていたこと。

「あなたとイワンの間にあったことに関して記憶を消されるのは厄介ね。今後聞いたらすぐ手帳にメモするようにしておきましょう。アタシの記憶から消えても、書いたことは消せないから。貴女も、アタシが忘れたようならすぐに言ってね」
「ありがとうございます。私もできることをしますね」

 唯一頼りにできるミーナ様の記憶を抹消されてしまうのはとても恐ろしいです。

「今は本当に役員が足りていないから、誰か入れないと、セシリオかイワンが何度でも貴女を誘うでしょう。貴族の誰かを入れるのは面倒なことばかりだから、貴女を入れるのが一番都合がいいと二人とも考えている」
「それは、私が庶民だからですか」

 セシリオ様に婚約者はいない。
 同じ生徒会役員になれば仕事にかこつけてお近づきになれて、あわよくば未来の王妃……なんて考える令嬢は少なくないそうです。
 娘本人にその気はなくても親が仕向けることもある。
 そしてミーナ様にも婚約者はいない。
 下位の貴族令息は未来の公爵になるため、生徒会役員になってミーナ様と親しくなりたい。

 そんな話を聞いて、私は自分が愚かに思えました。
 貴族は利害優先で、自分の意志と関係なく婚姻が決まることもある。
 好きな人と素敵な恋をしたい、なんて考えて生きてきた私は甘ちゃんすぎました。
 ミーナ様は好きでない人と結婚させられる危険と隣り合わせなのに。

「……私が会計になれば、ミーナ様の家柄目当ての男性が役員の席に座ることがなくなるんですね」
「そうだけど。セリスさん、セシリオとイワンに会いたくないでしょう。生徒会役員になれば、否が応でも会う確率が上がるわ」
「わかっています。でも、ミーナ様が私のために手を尽してくださっている。それに、逃げても運命が追いかけてくるなら、立ち向かうしかないと思いました」

 ミーナ様は目を伏せて考え込んだあと、そっと手のひらを私に差し出します。私はその手を取り、握手を交わしました。

「ありがとう、セリスさん。貴女がそう決めたのならアタシも全力で守るわ。貴女も今日から大変だと思うから、生徒会室にいたほうが安全かもしれないわね」
「たいへん……? どういう意味ですか」

 不穏な単語に嫌な予感を覚えます。
 今日から大変、その意味は学校に着いてから知る羽目になりました。



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