一年生春編 運命に翻弄される春

 家に帰ってからも考えがまとまらなくて、お風呂の中でもここ数日のことが頭の中を占めています。
 

 セシリオ様が私にキスをしたのはただの応急処置、魔力補給のため。
 イワン様に至っては、命令に従わせるためにキスしてきた。

 どちらも幼い頃に夢見ていた、ロマンチックなキスとは程遠いです。
 本当は、好きな人に告白して両想いになったとき、想いを確かめ合うキスをしたかったのに。
 いつか演劇で見たように、毎日旦那様と行ってらっしゃいとおかえりのキスをするのに憧れていたんです。

 しかもセシリオ様にキスされたときに、一瞬でも「イワン様と違う」と考えてしまった自分が憎いです。
 あんな熱くて強引なの忘れられるわけないじゃないですか!!

 なぜ私に忘却術が効かないんですか!!

 もしかして今後素敵な恋をしても、恋人とキスするたび脳裏をよぎるんじゃないですか。
 全部イワン様のせいです!

 怒りに任せてお風呂の水面を叩いていたら、お母さんに「静かになさい!」と叱られました。
 ぐすん。



 入学式の前日まで、「たくさん勉強して、お母さんに楽させてあげられる魔法職に就くんだ」って思っていただけだったのに。
 同じクラスのローレンツくんは避けようがないとして、セシリオ様とイワン様に極力会わないよう残りの学院生活を過ごせば平穏に卒業できるでしょうか。
 初日のイワン様はクラスまで会いに来たから、学院のどこにいても同じ。無意味かもしれません。


 夕食の席で、私はよほどひどい顔をしているのか、レネに聞かれます。

「姉さん大丈夫? 魔法の勉強ってそんなに疲れるの?」
「ええとね、今日は勉強の他に、オリエンテーションで学院全体をまわったの。広すぎて、地図があっても迷子になりそうなのよ」

 本当の事なんて言えるはずがないです。冗談半分で答えると、お母さんが笑う。

「あらま、セリスは方向音痴だから、授業の開始時間に間に合わなくなりそうね」
「お母さんひどい!」
「事実じゃない。姉さん昔からよく迷子になって、ボクが探しにいっていたじゃない」
「うぅ。忘れて……情けない私の姿は忘れて」 

 遠い街まで行っちゃって、自警団のおじさんに保護されたこともあるわね、なんてお母さんとレネが思い出(という名の私の迷子歴)話に花を咲かせる。

 うん、なぜかな。今日の紅茶は塩気がある気がする。


ツギクルバナー
image
16/50ページ