一年生春編 運命に翻弄される春

「アラセリス! おい、アラセリス! 起きろ!」

 人前ではいい子の仮面をかぶるイワンが、なりふり構わずセリスを揺さぶり、呼びかける。
 そんなイワンをセシリオがなだめる。

「イワン、無理に動かすのは良くないよ。魔力消耗が激しかったんだろう。しばらく休めば治る」
「だからといって、起きるまでここに転がしとくわけにはいかないだろ。オリエンテーションはまだ終わってないんだ」

 校内をめぐり終わった生徒たちがだんだんと戻ってきて、セリスが倒れたことに気づいて騒然となる。
 言い争う二人を、会長が一喝する。

「セシリオ、イワン。二人とも落ち着きなさい! ローレンツ。貴方、セリスさんを医務室まで連れて行って。わたくしたちは生徒会役員の仕事があるから、ここを離れられないの」
「わかった。セリス、聞こえてるかわからねーけど、医務室に行くからな」

 俺は意識のないセリスを背負う。

「医務室に使い魔を飛ばして説明しておく。お前は連れて行くだけでいい」

 イワンが指を弾くと、小さな白い鳥が宙に出てきた。イワンの使い魔だ。
 ピピィ、と一声鳴くと医務室に向かって飛んでいった。

 セリスが倒れた元凶のくせに、涼しい顔しやがって。
 腹立たしいが、いまはセリスを医務室に連れて行くのが先決だ。



 セリスを背負い、長い廊下を歩きながら考える。
 セリスが「イワン様のために水をもらってきたい」と言ったとき、なんで俺はあんなに腹が立ったんだろう。

 セリスはイワンと喧嘩したようで、イワンに対してすごく怒っていた。なのに、イワンの具合が悪そうなのをいち早く察して気遣う。

 俺は「セリスが気にしなくても、具合が悪いなら自分で医務室に行くだろ」と本当の事を言ったまでなのに。
 隠れてハンカチを濡らして、イワンに渡していた。
 イワンに膝を貸している姿を見たときには、イワンを殴りたくなった。
 しかもイワンのために、魔力の調整もろくに知らないのに治癒魔法を使った。
 


 俺が魔力欠乏になったら、セリスはあんなふうに甲斐甲斐しく世話してくれるだろうか。それとも、相手がイワンだからなのか。
 考えて頭を振る。

 プライドの高い親父が、魔力欠乏で倒れるなんて初心者がすることを許すはずがない。
 魔法士団長の息子様は、父と同じく魔法の天才でなければならないんだ。


 医務室の扉の前で、養護教諭が待っていた。

「ローレンツくん、ご苦労だったね。奥のベッドに寝かせてやってくれ。終わったら授業に戻っていいから」
「ああ」

 セリスをベッドに寝かせると、外で倒れたときよりはマシな顔色になっている。
 こんな機会でもないと寝顔を拝むなんてことなかった。

 容姿は十人並み。
 黒髪にターコイズブルーの瞳。ちょっとタレ目気味。
 貴族の令嬢には、セリスより可愛い子がいくらでもいる。目を見張るほどの美人ではないし、かと言って目を背けるような醜女でもない。
 素朴な可愛さとでもいうのか。
 からかったときのむくれた顔、褒めたときの笑顔がとてもかわいい。

 じっと見入っていると、窓辺にとまっていたイワンの使い魔が鳴いた。

『ローレンツ、終わったなら戻れ』

 イワンの声そのまんまだ。この鳥は、主の声を離れた場所にも伝達できる系統の使い魔。
 顔は見えなくてもイワンの顔がチラつく。

「わかっているっての!」

 使い魔ごしに返事をして、医務室を出る。
 |何か《・・》しようとしたわけではないのに、どことなく居心地が悪い。

 どうしてこんなに苛立つのか、誰に対して怒りが湧くのか。
 こんな気持ちは初めてで、考えても答えは出なかった。

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