一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 イワンと結婚してから三年。
 私は学院卒業後に男の子を産んで、リノと名付けました。
 リノの背中には黒い翼が生えています。
 私と同じ黒髪に、瞳の色はイワンと同じ金色。
 もうとにかくかわいいんです。
 目に入れても痛くないってリノのための言葉ですね。

 お父様は服やおもちゃをたくさん買ってきて、「これ以上いらん」とイワンに怒られています。
 ディアナ先生とランヴァルドさんには、「イワンより素直そう」と言われて、イワンが怒ってました。

 月一でお母さんとレネのところにも行ってますよ。
 最初は翼があることにびっくりしてましたが、やはり私の家族なだけあるといいますか。
 イワンとお祖父様が夢魔、という話はしてあったので普通に受け入れてくれました。

 ミーナ様とウィルフレドさんの娘ちゃん、フィーナちゃんも仲良くしてくれています。

「リノが大きくなったらフィーナのお婿さんにするのはどう?」

 なんてミーナ様が言ったら、ウィルフレドさんが「フィーナがイワンの娘になるのは嫌だ」と大慌て。
 イワンに睨まれてました。



 今日はイワンのお仕事がお休みなので、リノを連れてプルメリアの丘に来ました。

 イワンはリノを抱いて、私はバスケットを抱えて歩きます。
 短めの髪が歩調に合わせて揺れているのがなんだか可愛いです。
 実はイワン、長かった髪を切ったのです。
 これがまた似合うんですよ。
 
 大きく息を吸い込むと、プルメリアの香りが鼻を通ります。

 目的地に着くとすぐ、イワンは当然のように私を枕にします。これがお昼寝の定位置です。

「三〇分経ったら起こせ」
「はい。もちろんです。リノ、おねむの時間ですよー」

 持ってきたブランケットをイワンとリノにかけます。

「ぅ〜」
「やめろリノ、髪を掴むな」
「あーだーぁ」
「リノ、好きなだけやっちゃってください」
「推奨するな、とめろ」

 リノは寝付きがよくて、ブランケットをかけてものの数分で寝息をたてはじめました。

 爽やかな初夏の風が頬をなでていくのが心地良いです。

「リノがもう少し大きくなったら、二人目を考えないとな」
「二人目ですか」
「子どもは最低でも二人欲しいって、新入生歓迎パーティーで言っていたじゃないか」
「あ、あのときはつい勢いで。だって許せなかったんですもの。イワンの子なら絶対かわいいのにって……」

 忘れてほしいあの発言。
 後日クラスメートから質問攻めにされました。休学するの? 出産予定日は? って。
 言葉には気をつけようと固く誓った一件ですよ。

「なんだ。リノひとりでいいのか?」
「いえ、本当はあと二人ほしいです。きょうだいがいるのっていいですよ。困ったことがあったら協力しあえます」
「お前が言うと説得力があるな」

 弟がいて助かった場面は多いです。
 リノも大きくなったとき、妹と弟がいたら絶対に心強いです。

「二年後にはセシリオが王位を継ぐ。セシリオの統治する時代なら、リノに弟妹ができても安心して暮らせるだろ」
「ふふふ。人と魔族が共存できる国に、が私たちの目標ですものね」

 王太子夫妻であるセシリオ様とプリシラさんが指導して、魔法学院以外の学校や地方都市でも、アウグストとの交換留学が行われています。
 そしてプリシラさんのご実家がアウグストのものを集めた市《マルシェ》を定期的に開いて、人気になっています。

 お二人とも率先してアウグストの視察にも出向いています。プリシラさんは趣味と実益! っておっしゃってました。
 アウグストの民族服大好きですものね。

「そうだ。来月あるローレンツくんとクララさんの結婚式、ヴォルフラムくんも呼んだんですって。クララさんから聞きました」
「それはまた、騒がしくなりそうだな」
「良いんじゃないですか。ローレンツくんは賑やかなの好きですし」

 五年後、十年後……リノが魔法学院に入学する頃には、魔族の子がルシールの町を歩くのも当たり前になっているでしょうか。

 膝で眠るイワンと、イワンに寄り添って眠るリノの髪を指先ですいて思うのです。


 魔法学院に入学するときに思い描いていたものとは全く違う未来を歩んでいる。
 想像していた未来と違うけれど、イワンと未来を歩めること、心から嬉しく思います。

「イワン」
「なんだ?」

「大好きですよ」

 不意打ちに戸惑うかと思いきや、イワンはリノを抱っこしたまま上体を起こして、私のあごに指を添えます。

「愛してる」

 長い口づけのあと、イワンはとても柔らかな笑みを浮かべるのでした。



 END


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