一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

「どうして出てきたどあほう!」

 イワンが空から降りてくるなり怒鳴りました。

「無関係の生徒も殺すと言われたから我慢できなかったんです。それに、イワンに何かあったら泣いちゃいますよ」

 ぎゅっと抱きつくと、イワンの手が私の背をそっとなでてくれます。

 拘束されている方の一人。目深にかぶっていたフードがとれて顔が見えました。

「ワルター、せんせい」

 どうりで侵入者たちがすんなりここまでこれたわけです。そして、まっすぐ女子寮にこれたわけです。
 内部地形を知る先生が手引していたんだから。

「やれやれ。あのとき大人しく退学になっていればよかったものを、つくづくお前はわしの邪魔をする。これだから庶民は嫌いだ」
「あなたがそういう考えのもとで教育したからベルナデッタ様も同じ思想になっちゃったんですね。お可哀そう」
「可哀想? お前ごときに見下される筋合いはない。貴族になるために穢らわしい魔族の妻になるような、卑しい庶民に」
「あなたはお金のために結婚する人なのかもしれませんが、私まで一緒にしないでください。私はイワンが庶民でも|つがい・・・になってました。なんなら今からでも田舎に行って二人で庶民暮らししますよ」

 イワンが追い打ちをかけます。

「あんたの大好きな金と地位も、今このときをもって全てなくなるだろうな。これからは使用人のいる屋敷でなく、薄暗い牢獄での暮らしが待っているぞ。貴族の暮らしよりあんたに似合いだ」  

 まだ何か言い返そうとワルター先生が口を開きましたが、セシリオ様の蛇が牙をむいたので黙りました。


 さて。騎士団と魔法士団が来てくれるまでに、できることをしましょう。
 座り込んでいるステイシー先生にかけよります。

「先生、怪我をみせてください。私の力でも止血くらいならできます」
「ありがとう、アラセリスさん」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」

 ほかの先生や警備員さんの怪我も、魔法で可能なかぎり止血します。
 完全に治すのは魔法士団の治療班がしてくれるでしょうから、私がするのは応急処置の止血まで。

 力を抑え目にしているとはいえ、やはり短い間に何度も治癒魔法を使うのは疲れますね。
 ちょっと足がふらつきます。

「無理しないで、セリスさん」
「アラセリスさん、もう休んで」

 ミーナ様とクララさんが私の肩を支えてくれました。触れる手から魔力が送られてきます。

「ありがとう、ふたりとも」
「人を守りたいのは理解できるけど、限界を超えてまでやるのはだめよ」
「はい……すみません」

 けっこうな騒ぎになってしまったので、寮の窓から寮生たちが顔を出しています。
 いつから見ていたんでしょう。

 彼らの視線の先は、蛇で縛られた侵入者たちとーー

「これだけの人数に見られてしまったなら、今さら翼を隠しても遅いな」

 イワンは大したことないように言います。

「明日になったら『悪魔なんかに生徒会長役を任せられるか』と言われて解任されるかもしれないな」
「イワンは私とみんなを守るために戦ってくれたのに」
「オレたちの事情や事実なんて、赤の他人には関係ないことだ。そういう扱いに慣れてるから気にするな」

 窓の方から目をそらして、イワンはうつむきました。差別されることに慣れきった、悲しい目をしています。

「慣れちゃだめです。イワンが解任されるなんて嫌です。解任するなんて話になったら、私は全力で抗議します。退学にされるなら私も出ていきます」

 涙が止まらないです。私を助けるために、イワンは魔族の姿に戻って戦ったのに、そのせいでみんなから避けられるなんて嫌です。

「お前は泣き虫だな」
「泣き虫でいいです。イワンが泣かないぶん、私が泣きます」

 イワンの指先が私の目元、涙をすくい取ります。 


 やがて騎士団と魔法士団がかけつけ、侵入者を連行しました。
 酒場のほうで張り込みしていたお父様と魔法士団長さんも、反魔族会合に参加した人たちを拘束しました。


 一晩のうちにいろいろなことが起こりすぎて、頭が追いつかないです。

 犯人が捕まったのでもう襲われる心配はありませんが、明日イワンが学院でどんな扱いを受けることになるのか……不安でうまく寝付けませんでした。



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