一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

「イワン。ここはどうしたらいいですか」
「ああ、これは薬学応用ページの二行目……」

 あれから数日。
 学院の休み時間はひたすら教本とにらめっこ。屋敷に帰ってからも、時間の許すかぎり勉強します。

 夕食前に勉強、夕食のあとも勉強。
 しょせん庶民生まれだ、なんて言わせませんよ。

「イワンもアラセリスも、いいかげん休みなさい。根を詰めすぎだ。勉強しすぎて倒れたなんて洒落にならない」

 お父様が居間に入ってきました。

「いつも通りだ」
「そうかい。そのわりには眉間にシワがよっている」

 お父様に指で眉間を押されて、イワンの眉間のシワがさらに深くなりました。

「二人とも年齢で言えば成人だけどね、わたしから見ればまだまだ子どもなんだよ。自分の限界が見えていない。睡眠不足になったらそれこそ勉強にならないよ」

 お父様の後ろで扉が開いて、ルビーさんがお茶の乗ったワゴンを押してきました。

「イワン様、アラセリス様。休憩しませんか。マリオがアラセリス様のためにと軽食を用意したんです」
「もう少しだけ、あと二ページ」
「だめ。休憩しなさい。これは父親としての命令だ」

 教本を取り上げられてしまいました。
 お父様、こうと決めたら有無を言わせぬところはイワンとよく似ています。イワンがお父様に似たんですね。


 教本とノートが取り払われたテーブルには、紅茶、そして私が好きなフルーツの盛り合わせが置かれます。

 お皿の横には『御二人とも、ご無理はなさいませんよう。使用人一同』とメッセージカードが添えられていました。

 みなさんの優しさ、心配りがあたたかくて、涙が出ます。

「イワン。私たち、みなさんにご心配かけていたのですね」
「そのようだな」

 認めてもらおうと思って、そう思いすぎるあまり判断力がにぶっていたみたい。

「お茶を飲んだらもう寝なさい」
「はい」
「あと、これはナタニエルから」
「はい?」

 お父様から手渡されたのは香袋サシェでした。
 柔らかくて落ち着く香りがします。この香りはラベンダー。安眠効果のある薬草だと薬草学で習いました。

 ナタニエルさんも、言わないだけで私とイワンの体を案じてくれているんですね。
 言葉にするだけが交流ではないのだと、優しい香りのサシェを手にして思います。

 明日ナタニエルさんに会ったら、ふたりでお礼を言いましょう。


 勉強道具を片付けてイワンと部屋に戻ります。
 寝間着に着替えて、ベッドにもぐりこんで、イワンにくっつきます。

「ねえイワン。私たちのことちゃんと認めてくれる、優しい人たちもいるってこと忘れてました。みんながいてくれるんですよね」
「……まさかこの齢になって、幼い子どもを相手にするようなことを言われる羽目になるなんてな」

 苦笑するイワンも、どことなく嬉しそうです。
 ラベンダーの香りに包まれて、優しい穏やかや眠りに落ちました。



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