一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 イワンがいつもよりも元気がないように見えたので、理由を聞きました。

 家路につく馬車のなか、イワンは私の手を取りながら正面を見据えてゆっくり口を開きます。

「……ワルターから目の敵にされているんだ」

 イワンの横顔には、悲しいというより、うんざりしているという色が見えます。
 失望、落胆、諦め、怒り。
 そういう負の心がないまぜになっているような。

「わざわざ習っていない範囲を出題して、二言目には「答えられるよな。腐っても生徒会長だろう」と言ってくる。ミスを指摘すれば生徒のくせに教師に口答えするなと怒鳴る。……連日やられているから、我慢するのが嫌になってきた。アラセリスは何かされていないか」


 ワルター先生より立場が上の先生に相談……したところで、証拠がない! 言いがかりだってことにしてもみ消すんでしょうね。
 私を陥れて退学させようとしたときのように。あの方はそういったずる賢さに長けています。

「私は、廊下で何度かワルター先生とすれ違うとき、足をかけられて転んだくらいです。「庶民は何もないところで転ぶのか」って笑ってました。イワンがされたことを考えると、気のせいじゃなかったんですね、あれ」
「ハッ。無抵抗のアラセリスにも嫌がらせをするなんてクズの極みだな。降格なんて甘っちょろい罰でなく、教員資格剥奪のほうが良かったんじゃないか」

 イワンが忌々しそうに吐き捨てました。

「ワルターは魔族嫌いの筆頭だからな。オレが生徒会長になったのも気に食わないんだろう」
「生まれで差別するなんてひどいです。教師って平等に生徒を導くものじゃないんですか……」
「教師は平等であるべき……そんなの綺麗事で、理想の理念でしかない。守っている人間のほうが珍しいんだろ。現に、ヤツは教師であることより私情を優先させている」

 物的証拠を残さないやり口であれこれ手を出してきて、他の生徒たちは現場を目撃していても、とばっちりを恐れて本当の事を言えない。
 何もできないのがもどかしいです。

「イワン、お腹空いてませんか。お腹が空くと急に切なくなったり、悲観的になったりするんですよ。お腹いっぱいであたたかくしてたら、いい考えが浮かぶかもしれません」
「……そう、かもな」

 ぎゅっとイワンに抱きついて、魔力と生気を渡します。どうか元気になってほしいと心を込めながら。

 背中にイワンの手がまわされて、その手が震えているのがわかりました。

「本当は、アラセリスの前で弱音は吐きたくなかったんだ。これまで誰かにあんなこと言われても我慢してきたし、聞こえないふりをしてきた」
「ひとりで抱え込まないでください。辛いこと、嬉しいこと、魂と同じように分け合いましょう。私たちはずっと一緒なんですから」

 今度は魔力の受け渡しでないキスをします。

「ふたりで首席をとって、生徒会の仕事もバッチリこなして、庶民とか魔族とか、生まれは関係ないんだって先生に教えてあげましょう」
「そうだな」

 言葉で伝わる人でないのなら、ワルター先生がぐうの音も出ないくらい、感動しすぎて泣いちゃうくらいになってみせます。



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