一年生春編 運命に翻弄される春

 三人で校舎をめぐる。
 教員室で青い羽を受け取り、次に目指すのは二階奥の生徒会室です。
 違う班とすれ違います。

「うちはあと三枚なんだ。そっちはどうだい?」
「おれの班は次に薬草温室行かなきゃ」

 みんなオリエンテーションを楽しんでいるようです。次はどこがいいかな、と地図を突き合わせて話し合って。クラスメートと話をするきっかけになるし、企画したミーナ様たちも嬉しいでしょう。

「こうして遊び感覚で教室を回るのも楽しいですね。あ、こんなところに談話室が」

 教員室の隣には、談話室なるものがあります。扉の窓から覗き込むと木製のテーブルセットがいくつかあって、チェスのコマが広げられたテーブルもあります。地図の補足説明によると休憩時間は自由に使っていいそうです。
 
「私、チェスってやったことないです」
「やめとけ。あれはセシリオみたいな頭のいい人間向きの遊びだ。俺はルールブックを開くだけで眠くなる」
「ローレンツくん失礼です」

 試す前から私がルールを覚えられないと思っていますね。

「わたしは家でよくお父様とチェスするから、良かったら今度教えるわ」
「ほんと? ありがとうクララさん。楽しみにしてます!」

 チェスを教わる約束をして生徒会室へ。
 壁際の棚にはみっちりと本と綴じた書類が詰まっていて、入り切らない紙が隙間から顔を出しています。

 生徒会長の机に飾り箱が置かれていました。
 蓋に「中継ポイントの羽、在中」と書かれてた紙が貼られています。

 次のポイントは中庭近くにある薬草温室。生徒会室の窓からは中庭が見えました。

 ベンチに座って待つミーナ様とセシリオ様、そしてイワン様だけは立ったまま……。
 やっぱり、イワン様は具合が悪いのでは。

「薬草温室に行くとき、食堂舎の前を通るよね。少しだけ、食堂舎によってもいいかな」
「食堂舎は羽の回収コースに入ってないだろ。もうすぐゴールなのになんで食堂舎?」

 ローレンツくんが眉を寄せます。
 そうですよね。一番乗りを目指すなら寄り道なんてしている暇はありません。

「えと、……その、イワン様、具合が悪そうに見えるから。せめて冷たい水を飲んだら楽にならないかなと思って……」

 これだけ言うのに、なぜだかとても罪悪感に苛まれています。なんだかローレンツくんの目が鋭いです。

「昼に喧嘩してたのに、今度はイワンを気遣うなんて変わっているな。あっちにはセシリオと会長もいるんだから、本当に具合が悪いなら医務室の先生を呼ぶか自分で行くだろ。子どもじゃないんだから」
「それはそうなんですけど」

 イワン様は自分の弱みを人に見せたがらない性格のようなので、具合が悪いのを隠して平気なふりをしている。そんな気がします。
 たしかに喧嘩してますけど、でも具合が悪そうなのを見てみぬふりなんてできません。

 薬草温室には、運良く水道がありました。
 怒られそうなので二人が羽飾りを取る間に、こっそりハンカチを濡らしてポケットに押し込みます。

「セリスさん。これで六枚揃ったわ」
「俺たち絶対一番乗りだろ」
「そ、そうだね!」

 オリエンテーション開始時に渡されていた専用のケースにしまって、中庭に急ぎます。


「おめでとう、セリスさん、クララさん、ローレンツ。あなた達の班が一番よ」

 羽飾りを確認して、ミーナ様とセシリオ様が拍手します。

「やったぜ! いえーー!」
「良かったね、アラセリスさん」

 ローレンツくんとクララさんも笑顔。
 食堂舎に立ち寄っていたら一番にはなれなかったでしょう。

 私はみんなの輪から抜けて、青白い顔色をしているイワン様にハンカチを差し出します。

「……なん、だお前」
「具合、良くないのでしょう。木陰で休んではいかがです?」

 そうだとも違うとも言わず、イワン様が押し黙ります。

「私は歩き疲れたから休みたいです。年上の先輩が立ったままですと、後輩としてはとても座りにくいのです。先輩を差し置いて休む後輩になってしまうんですよ」

 舌打ちしたあと、イワン様は中庭で一番大きい樹の根元を指しました。

「お前は今からオレの枕だ。やめていいと言うまで座ってろ」
「そうします」

 私が足を伸ばして座ると、イワン様が宣言通り私の腿を枕にしました。その額に濡らしたハンカチを乗せる。僅かに触れた額が熱い。

 どうしてこんな状態なのに、生徒会の仕事を全うしようとしているのでしょう。

「役員は、オレたち三人しかいないからな。オレが欠けたら誰が仕事を補うんだ」

 私が聞きたいことを見透かしたように言います。
 イワン様は意地悪くて俺様で意固地な先輩ですが、責任感は強い。そこだけは尊敬できると思いました。



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