一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

「あ! イワン、あれはなんですか」

 ガテンさんの工房を出たあとは町に出ました。
 喫茶店でしょうか。店の窓から甘い香りの蒸気がふわふわと立ちのぼっています。

 看板に蒸気マンジューと書かれています。
 対面販売の窓から、店のおばちゃん顔を出しました。

「お嬢ちゃんは観光で来たのかい? 蒸気マンジューを見たことがないのか」
「観光というか、新婚旅行で来たんですよ〜」
「てことは隣の彼が旦那さんか。いい男じゃないか。ハッハッハ」

 イワンが表向きの笑顔を取りつくろいました。

「……どうも」

 すごーく居心地悪そうです。冷たくされるのに慣れすぎて、好意的にぐいぐいこられると反応に困るんですね。
 冷遇されることに慣れるより、誰かと和気あいあいと話すことが当たり前になってほしいです。

「蒸気マンジューってのは温泉地でしか食べられないからね。ルシール小麦を糖と水で練って、豆を甘く煮込んだアンを包んで、温泉の熱を利用して蒸してるんだ。甘くてふわふわで美味しいよ」
「わぁ。そんな話聞かされたら食べるしかないじゃないですか。一個ください!」
「一個でいいのかい? オマケしとくよ」
「えへへ。一つを二人で分けたいんですよ」
「ははは。こりゃ、あてられちまったねぇ」

 お金を払って、おばちゃんが柔らかい紙に挟んでくれました。

 手のひらに収まるサイズ。丸くて茶色くて、触り心地はパンよりもっちりしてます。
 庶民出身としてはこの場でかぶりつきたいのですが、良家の人はやっちゃだめなんですよね。

 イワンは察して、

「今は自由にしていい」

 と口添えしてくれたので遠慮なくいただきます。

「おいしい〜!!」

 香りだけでなく、皮も甘くてしっとりしています。中身のアンというのも、クリームと違ってさっぱりした甘さ。美味しくてついもう一口パクリ。

「あ! はんぶんこにするつもりだったのに」
「オレはいいからそのまま食え」
「はーい」

 蒸気マンジューはたいへん美味しゅうございました。
 日持ちするなら屋敷のみんなとお母さんたちへのお土産として買っていくのですが、おばちゃんいわく日持ちしないそうです。

 道行く人たちも、マンジューは買ったその場でかぶりついています。買い食いが醍醐味なんですね。

 雑貨系お土産屋さんを見てまわって、日が傾き始めたころ。イワンが山の方を見ながら言いました。

「アラセリス。ここから少し離れているが、お前の好きそうなところがある」
「ほんとですか! 行きたいです!」

 手を引かれて向かったのは、小高い丘の上でした。
 ちょうど夕日が沈みはじめる時間帯です。

「ここからテルマスを見渡せる」
「わぁ……!」

 夕焼け色に染まるテルマスの町。雪深いから、雪が夕日を反射してキラキラと光っています。

 あまりにもきれいで、幻想的で、時間を忘れてしまいそうです。


「ありがとう、イワン。こんなにきれいな景色を見られるなんて。ほんとうに嬉しいです」
「お前なら気に入ってくれると思った」

 イワンに背後から抱きしめられて、そのままふたりで、完全に日が沈むまで町を見ていました。



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