一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

「そう、歩くときも手や足の爪先にまで意識を集中させて」
「はい」

 今日も今日とて、時間のある限りディアナ先生から貴族の立ち振るまいを学びます。
 星夜祭が間近なので、レッスンにも気合いが入ります。

 部屋の端から端まで、背中に棒を入れられたような感じで歩きます。
 
「ど、どうですか」
「うん。良くなってきたわ。けれど綺麗に歩こうと意識しすぎるあまり、うでまわりがぎこちなくなっているから、肩の力を抜いて」

 ディアナ先生が私の背中をポンと叩きます。力を入れ過ぎず抜きすぎず、程よい加減を探さないといけません。

「難しいですね……」

 学校から帰って一時間。歩く練習をしただけなのに全身の筋肉が震えてますよ。
 部屋の扉が開いて、イワンが入ってきました。

「アラセリス。そろそろ食事にしたらどうだ。親父ももうすぐ帰ってくるから頃あいだろう」
「そうしましょう。セリスちゃん。今日の練習はここまで。明日はダンスパーティーに向けてダンスの練習をしましょう」
「はい。ありがとうございました」

 ディアナ先生はさきに部屋を出ていきました。ルビーさんがタオルを渡してくれたので、額に滲む汗を拭きます。

「本当に毎日頑張っておられますね、アラセリス様。先生もお若いのにとても堂にいっていて」
「お若い……? いや、あの人言うほど若くな……」
「ダメですよイワン! 女性の年齢のことを指摘しちゃ」

 表向き二十七才の外部講師ディアナ先生、ということになっています。
 実年齢六十すぎと知っているから、イワンは|お若い《・・・》の一言に反応しています。 
 先生がお父様の母でイワンのお祖母様だと知っているのは、家族である私たちと、執事長さんだけです。

 執事長ナタニエルさん。アウグストとの戦争で息子さんを亡くしたそうです。
 私とお父様に対しては執事としてきちんと仕事をこなすのですが、イワンに対してどこか怯えが見えます。

 仕えるべき相手でありながら、恐れの対象である魔族。そう簡単に納得して受け入れられるものではないのかもしれません。一概に責められません。

 私が魔族に対して恐れがないのは、戦争時代を知らないというのもあるでしょうから。

 今日もまたみっちり食事の作法を教わり、お風呂に入って、ようやく今日のスケジュールが全部終わりました。
 寝室のベッドに全力ダイブします。今は自由時間なのでマナー違反をしても怒らないでください。
 私の横に腰掛けて、イワンが優しく髪をすいてくれます。

「毎日勉強漬けにしてすまないな。疲れてないか?」
「疲れますけど、知らなかったことをたくさん知ることができて楽しいです」
「アラセリスが楽しんでいるならよかった」

 イワンは、私が参ってしまわないか気にしてくれているんですね。髪をすいてくれる指先が心地よくて目を閉じます。

「ダンスもがんばってうまくなるから、見ててくださいね」
「最初は酷かったもんな。オレが見てる限りで十回以上セシリオの足を踏んでいた」
「今はもう踏みませんよ」

 あれから一年も経ってないのに懐かしいです。

「そういえば、セシリオの婚約者がプリシラ・トゥリパンに決まったそうだ。星夜祭のダンスパーティーで発表すると」
「わぁ。セシリオ様の婚約者さん決まったんですね。おめでたいです」

「ああ。『人の上に立つのに申し分ない気質だし、一緒にいてあれほど楽しい子は他にいない』と言っていた。アラセリスと気が合いそうな子らしいぞ」
「ふふふ、そうなんですね。パーティーでプリシラさんとお話するのが楽しみです」

 セシリオ様がプリシラさんといたいと思って婚約を選んだのなら、心から祝福したいです。

「プリシラと喧嘩されるのは困るが、あまり仲良くなられてもな」
「女の子にまで嫉妬しないでくださいよ……」

 相変わらずの独占欲に笑ってしまいました。



ツギクルバナー
image
13/37ページ