一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 土の日。
 俺はクララと初デートにのぞんだ。
 約束の時間十五分前に寮まで迎えにいき、劇場近くで馬車を降りる。

「あぁあ、ええ、と、なんだ。クララ、開演まで時間があるからちょっと街を見て歩かないか」
「そうね。楽しそう」

 今日のクララはすげーかわいい。
 学院はあくまで勉強する場だからか、普段のクララはあまり派手な格好はしていない。地味というわけではなく、色が落ち着いたおとなしめの服というか。

 今日のクララはは学院にいるときより華がある。
 そういえばクララとプライベートで会うの初めてじゃね?

「あの、ローレンツさん。この服何かおかしいかな?」

 あまりまじまじ見すぎたせいか、クララが戸惑って俺を見上げてくる。

「あ、いや、私服だとイメージ変わるなって思って」

 って、何言ってんだ俺。学院も私服じゃん。
 俺、普段クララと何話してたっけ。
 セシリオたちと話すようなノリで話しちゃいけないのはわかるけど、何を言っていいのか全然わからん。

 あーもう、イワンは普段デートでどうしてんだよマジで。

 学院にいるときはアラセリスの方からイワンと手を繋いだり抱きついたりしているのを見かける。
 例えるなら飼い主にじゃれつく猫のような。
 日常生活でアレならデートはどんなふうなんだ。

「オレとアラセリスは参考にならない」と言い切られたが確かにそうだ。
 あんなバカップル、真似できねぇし参考にならねぇ。

 何をしていいかわからず、微妙な距離を開けて商店を見て回る。
 とある店の前でクララの足が止まった。
 ルシール古書という看板がさがっていて、窓から、ばあちゃんがカウンターに座っているのが見える。

「ローレンツさん。迷惑じゃなかったら本を見ていってもいいかな?」
「おう。いいぞ」

 クララは鼻歌を歌いながら店内に入っていく。
 ばあちゃんは編み物の手を止めてニッコリ笑う。

「おやおや、可愛らしいお客様だねぇ」
「こんにちは、本を見せていただいてもいいですか」
「どうぞ。好きなだけ見ていっておくれ」

 こじんまりした店内には他に客がいなくて、俺とクララが歩く音しかしない。

「すごいわ。貴重な本がいっぱい」

 棚に並ぶ本を一冊ずつ手にとって開いて目を輝かせている。
 俺には本の良さがわからないが、クララが楽しそうだから、店に入ってよかったな。

「これ、姉さんが欲しがっていた本なの。こっちはわたしが探していた本。絶版しているから、見つかると思わなかったわ」

 クララは上機嫌でカウンターに持っていく。

「へ〜! クララって姉がいるのか。知らなかった」
「姉さんは今、旦那さんと一緒にお祖父様の仕事を手伝っているわ。五つ年が離れていてね。私の憧れなの」
「そうなのか」
「ええ。とても頼りになるのよ」

 学院では授業か昼メシの話しかしなかったから、家族や趣味の話をするってなんか新鮮だな。デートってこういうものなのか。

 ばあちゃんが紙袋に本を入れてくれて、俺が脇に抱える。

「わたしが買ったんだから自分で持つわ」
「いいって。ずっと抱えてると重たいだろ」
「あ、ありがとう、ローレンツさん」

 クララは顔を赤らめながら俺の後ろについてくる。これはクララ相手でも正解だったらしい。イワンから「荷物は持ってやれ」と言われたからな。
 

 開演の時間が近づいて、二人で劇場に向かった。
 ここの劇は昔親父に連れてこられて、すごく面白かったんだよな。影響されて港の倉庫街を冒険しようとして、ウィルフレドに怒られた。
 ついでに因縁の女プリシラと対決したのもその倉庫だ。
 セシリオがプリシラを嫁に選ばないよう心底願う。


 隣に座るクララが期待のこもった瞳で舞台を見上げていて、楽しんでくれているのがわかる。

 知らなかった。
 好きなものを好きになってもらえるのって嬉しいんだな。


 劇が終わったあとの、クララの反応が楽しみだ。
 これまでにないくらいワクワクしながら、開演のベルを聞いた。
 

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