一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 父上に言われ、土の日にプリシラくんと会うことになった。
 城ではなく港町の一角にある会員制のレストラン。
 個室完備ゆえ、貴族や要人御用達の店だ。


 クララくんいわく、とても楽しい人。
 ローレンツいわく、男相手に拳を振るう少女。
 正確な人物像が掴めなくて困るばかりだ。

 ともにきた護衛の一人、ウィルフレドが声をかけてくる。

「緊張なさっていますね、殿下」
「緊張もするさ。ローレンツが余計なことを言うから」
「ローレンツが?」
「プリシラくんに殴られたことがあると」

 とたんにウィルフレドが口に手を当てて笑いだした。

「ローレンツが殿下にどう説明したか察しました。その日わたしも一緒にいましたが、あれはローレンツが悪いので、どうかプリシラ嬢が暴力的な少女だなんて思わないでください」

 クララくんのみならず、ウィルフレドまでもが悪い子ではないと言う。一体どんな子なんだ。


 話している間に、プリシラが来たようだ。
 店員に案内されて個室に入ってきたのは、アウグストの民族服を着た少女だった。それも、ヴォルフラムが着ていたような男物。

 女の子にしては短い髪はオレンジ色で、快活そうな雰囲気に似合っている。
 まなじりの上がった水色の瞳が、わたしの姿をみとめて瞬いた。

「お初にお目にかかります。セシリオ殿下。ワタシはプリシラ・トゥリパン。堅苦しいのは苦手なので、丁寧語も不要です。気安くリシィとお呼びください」

 プリシラはお辞儀をして笑う。
 こんな子が来るなんて、想像していなかった。
 舞踏会に来るような、ドレスや宝飾品で着飾った令嬢がくるものだとばかり思っていた。

「殿下、挨拶を返さないと」

 小声でウィルフレドに促され、我にかえる。

「はじめまして、プリシラ。わたしはセシリオ・ヒラソール・ルシール。時間を取ってもらってすまない」

 貴族の娘なのに、護衛や使用人の一人も連れずに来たのか。プリシラに続いて誰かが入ってくる様子がない。
 エスコートがないのが当然なようで、自分で椅子を引いて席についた。

「セシリオ様、今ワタシのことを貴族の令嬢らしくないと思いましたね」

 プリシラが楽しそうに言う。

「あ、ああ、すまない」
「謝る必要はないです。ワタシが一般的な令嬢らしくないのは事実ですし、よく言われるので慣れています」

 自覚がある上に慣れているらしい。
 プリシラは視線をわたしのななめうしろに移す。

「おや、そちらの騎士さん、昔一度会いましたよね。うちの倉庫に侵入しようとした赤毛の子を止めたでしょう」
「十年も前のことなのによく覚えていましたね」

 驚くウィルフレドに、プリシラは片方の眉を釣り上げる。

「そりゃ、覚えもするよ。弟くんは泥まみれで倉庫に乗り込んできたあと、お兄さんに叱られても反省の色がなかったから。つい殴っちゃったよ」
「その節は本当にご迷惑をおかけしました」
「商品をだめにされる前に気づけて良かった。お兄さん、弟の躾はしっかりしないと駄目だよ。甘やかすのは本人のためにならない」

 ウィルフレドの弟は、ウィルフレドと同じ黒髪。
 プリシラが言うの赤毛の子はローレンツのことだろう。
 子どもとはいえ人様の物件に無断で侵入したら、殴られるのは当然だ。
 そしてローレンツは殴られたことだけを覚えていて、根に持っている。
 なんだか笑えてきた。

「あの、何かおかしかったですか?」
「君は一緒にいて楽しいね」
「楽しませることを言った記憶がないですが、楽しんでいただけているなら良かったです」

 わたしの反応が予想外だったのか、プリシラは目をぱちくりさせる。

「アウグストの民族服が好きなのかい」
「ええ。これはうちで取り扱っている商品なんです。普段から着ていれば宣伝になるでしょう。アウグストの民は皆さん長生きなので、服もルシールのものより長持ちする素材で作られていて、デザインも……」

 着ている服のことを熱く語りだした。この子はアウグストが好きなんだ。魔族に対して偏見どころか好意、興味を持っている。
 ほんの少し話しただけなのに、わたしの心はもう惹き付けられていた。

「そんなにオススメなら、婚約話関係なく君のところで購入しようかな」
「それは嬉しいな。あなたに似合いそうなものを見繕うから、いつでも店に来てほしい」
「自ら店頭に立っているのか」
「もちろん。父の代わりに仕入れにも行くんだ」

 屈託なく笑う顔は、とても魅力的だ。
 プリシラにその気があるなら、末永く仲良くやっていけそうな気がする。



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