一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 夕食と入浴を終えてあとは寝るだけ、という時刻になって来客があった。

 しんしんと雪が降り積もる中、夜に外出するなんて凍死したい人くらいじゃないかしら。
 メイドから聞いて耳を疑った。
 訪ねてきた相手がウィルフレドだというからなおのこと。

 アタシはギジェルミーナの父、つまり今世のお父さんに話していた。
 ウィルフレドに惹かれていること。
 魔法はないけれど、彼も貴族。そして次男なのでアレスター家に婿入りすることが可能。

 お父さんも納得してくれて、カリストス家に婚約打診した。
 もしも婚約に同意してくれるなら、星夜祭でダンスのパートナーをつとめてほしい、というアタシの手紙も添えた。


 そのウィルフレドが訪ねてきた。

「どうしても今日中に話をしたいのだそうです。どうなさいますか、お嬢様。時間が時間ですし、日を改めてもらいますか」
「いえ、会います。今、彼はどこに?」
「外で待つと」
「わかったわ」
 
 すぐに身支度を整えて、アタシは玄関に向かった。
 雪がひらひらと降ってくる中、空を見て佇むウィルフレド。

「おまたせしました、ウィルフレド様」

 何があったのか、右の頬がやや腫れているように見える。なんだか、その怪我の理由について聞くのははばかられた。
 声をかけると、じっとアタシの顔を見つめる。

「ギジェルミーナ様、夜分遅くにすみません。どうしても、今、話をしたかった」
「はい」

 彼が訪ねてくる理由があるとしたら、ただ一つ。婚約打診の返事。
 アタシはただ静かにウィルフレドの言葉を待つ。


「貴女は公爵家の娘で、魔法士。わたしは兄弟の中で唯一魔法を生まれ持つことができなかった、凡人。立場が違いすぎて、想いを寄せてはいけないと思っていました」

 ウィルフレドの言葉は、懺悔のよう。
 ひとことひとこと、噛みしめるように言う。

「貴女のそばには、同じ魔法士で、公爵家と同等かそれ以上の人間が立つべきなのではと。殿下も、貴方の事を思っていたから、わたしの出番なんてないのだと」

 ウィルフレドは、ずっとそうやって言い訳を作ってきた。自分なんかが釣り合うはずがないと自分に言い聞かせて。
 諦めるのに慣れてしまっていたのだと、言葉の端々から感じられた。


 まるで、前世のアタシのよう。

 恋人を作る時間なんてない。
 仕事が忙しいから、もし作れたって頻繁に会えなくて寂しい思いをさせるだけだから。
 独りが寂しくても、相手を傷つけるくらいなら恋なんてしないほうがいいって。

 言い訳して、壁を作って、逃げて。
 同じだったのね。ウィルフレドも。

「こんなふうに考えたこと、殿下からひどく叱られました。自分にも貴女にも失礼だと。だから、どうしても貴女に話さなければと思いました」

 そう言って、ウィルフレドは右頬の痕にそっと手を添える。セシリオに殴られたのね。
 振られてなおアタシのために怒ってくれるなんて、どこまで優しいんだろう。

 深く息を吸って、ウィルフレドはまっすぐアタシを見つめる。


「ウィルフレド様。わたくしは貴方が好きです。貴方だからこそ、伴侶になりたいと思いました」
「真面目なことしか取り柄がない、面白みのない男だと、まわりから揶揄されています。こんな男で、いいんですか」
「ええ。誰にどう言われようと、いつでも真剣に職務を全うしているでしょう。そういうところが好きです」
「ギジェルミーナ様……」

 ウィルフレドの目尻から涙が一筋溢れる。
 服が濡れるのも気にせず、その場に片ひざをついてアタシの右手を取った。

「ギジェルミーナ様。求婚をお受けします。わたしも、貴女のことをお慕いしています。貴女の夫として隣に立つ権利を、わたしにください」

 不器用ながらも、精一杯の気持ちがこもった告白に、アタシも涙が出た。

「ありがとう、ウィルフレド様。嬉しいです」

 涙をぬぐって、微笑み合う。
 こうして、アタシとウィルフレドの婚約は成立した。


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