一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 翌日もミーナ様は朝から浮かない顔をしています。
 昼休憩になってすぐ、私はミーナ様の教室に向かいました。

「どうしたの、セリスさん。イワンと一緒じゃないのね」
「今日はなんだかミーナ様とお話したかったんです。昨日、元気がないようだったから」
「そう。心配してくれてありがとう」

 落ち着いて話ができるよう、談話室に移動しました。
 今日は人が少なくて、暖炉の火がはぜる音が聞こえてくるくらい静かです。
 ミーナ様はゆっくり話し始めます。

「……四日前、ウィルフレドに婚約の打診をしたの」
「そうだったんですね。でも、それにしてはミーナ様、なんだか元気がないような」

 好きな人に婚約の申込みをしたなら、もう少し明るくなりそうなのに。

「まだ返事が来ないの。ウィルフレドからしたら、迷惑なだけかもしれないわ」

 ミーナ様は俯きがちで、声も頼りないです。いつもは凛としているのに、今はしおれた花のよう。

「断られたわけではないでしょう。だから、そんな顔しないでください。ウィルフレドさんは簡単に答えを出せないからこそ、何日も悩んでいるのかもしれません」
「……ありがとうセリスさん。話したら少し気が楽になったわ」
「いいえ。私に話すことでミーナ様の心が晴れたならよかったです」

 ミーナ様は深呼吸して、笑顔を浮かべます。

「今日も返事が来ないなら、明日ウィルフレドに会いに行ってみる」
「はい。応援していますね」



 ウィルフレドさんに簡単に会える立場……城に出入りすることができるならイワンです。探りを入れてもらいましょう。
 イワンに事情を話すと、放課後すぐ城に向かってくれました。


 夜になってから屋敷に帰ってきて、コートも脱がず寝室の長椅子に倒れ込みました。
 普段のイワンならそんなお行儀の悪いことしません。

「だ、大丈夫ですか、イワン」
「大丈夫なものか。……セシリオがウィルフレドをぶん殴ったんだ。落ち着かせるのが大変だった」
「ええええっ!」

 まさかの事態です。セシリオ様らしからぬ行動に、驚きの声をあげてしまいました。

「ウィルフレドがセシリオのことを気にして返事できずにいるってことを知った途端、『そんな気の使われたかをして、わたしが喜ぶと思ったか!! ギジェルミーナにも失礼だ!』ってな。あそこまで激昂したセシリオは初めて見た」
「幼馴染のイワンがそこまで言うんだから、よっぽどですね」

 セシリオ様、ヴォルフラムくんを叱るときでも理性を保っていました。
 今回は抑えがきかないくらい怒っていたんですね。
 それほどまでに、ミーナ様に対して真剣な気持ちがあると言うこと。

「あれだけ言われたら、ウィルフレドのバカも答えを出すだろ。全く。世話の焼ける奴らだ」
「おつかれさまです」

 イワンはぼやきながら、ようやく起き上がってコートを脱いでハンガーにかけました。

「私たちも、まわりをやきもきさせてたのかもしれませんね」
「そうだろうな。新入生歓迎パーティーでオレのコロンをつけたとき、お前なんて言ったか覚えているか? 『このドレス、普段の服より肌が出てますものね〜』って。鈍すぎて笑ったぞ」
「虫除けって言ってたじゃないですか!」

 虫除け効果のあるコロンじゃなかったんですか。
 今もほんのりイワンから香っている、柑橘系の香り。

 イワンは私の首筋に指を這わせます。
 肩が露出したデザインの寝巻《ネグリジェ》なので、直接伝わる指の感触にゾクゾクしちゃいます。

「男除けだ。お前にオレの匂いをつけておけば、何も言わずともみんな勝手に妄想するだろう。ただの生徒会仲間でなく、恋人か婚約の関係にあると」
「えええええっ」

 どうりで皆さん、コロンに気づいた瞬間、挙動不審になっていたわけです。
 告白前の時点で私、学院の皆さんから『イワンの女』って思われてたんですか。
 そして、なんで気づかなかったんですか私!!
 自分の鈍さにめまいがします。

「お前はずっとオレのことを目で追っていたから、虫除けの本当の意味に気づいても嫌がらないと思った」
「い、いやじゃなかったです。私、そんなにわかりやすかったですか」

 とっくにバレバレだったなんて。恥ずかしすぎて両手で顔を覆うと、無理やりに手を剥がされます。
 イジワルな笑顔で私を見つめてくるのを、直視できません。

「さ。他人の心配はここまでにしようか。アラセリス、オレは腹が減っているから夕食をとりたいんだ」

 このあと遠慮なしに生気を食べられて、翌朝起き上がれなくなりました。新婚でもある程度自重して欲しいです。



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