一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 昼休み。ローレンツが泣きながら足にすがりついてきた。

「イワン。デートってなにすればいいんだ、教えてくれえぇぇ!!」
「放せ気持ち悪い」
「ヒデェ!」

 恋人や妻ならともかく、図体のでかい男にしがみつかれたら、振り払いたくもなるだろう。
 見ていられなくなったらしいセシリオがフォローに入る。

「ローレンツ。クララくんをデートに誘ったのかい」
「そうだ。この三人の中でデートの経験者はイワンだけだろ。だから教えてくれ」
「お前には全く参考にならないから、聞くだけ無駄だと思う」
「え、なんで?」

 ローレンツが首を傾げるから、テーブルに並ぶ特盛りシチューとバゲットを指して言ってやる。

「オレたちは人間同士なら当たり前にできるデートをできない」

 オレに人間の味覚はないから、基本、デートに食事を含まない。
 ローレンツは人一倍食べるから、デートをするなら必ず食事に行くだろう。
 だからオレとアラセリスのデートは参考にならない。
 理由を説明してようやく理解したようだ。ローレンツはうなだれる。

「……わりぃ。そうだったな」
「事実だから構わん。食事をできない代わりに、湖畔や花畑を散策している。アラセリスは自然が好きだから」
「そんなんでいいのか? 劇場に行ったり、商店街に繰り出してウィンドウショッピングとやらを楽しんだりしないのか?」
「どこで仕入れた情報だ、それは」
「うちの庭師に聞いた。恋人が三人いるらしい。その他に本命が一人」

 その庭師は参考にしちゃいけない人間じゃなかろうか。セシリオも半笑いだ。

「ローレンツ。人に聞いて回るのもけっこうだが、クララくんが楽しめるかどうか考えているかい。先走ってあれもこれもと押し付けられても困るだろう」
「そ、そうか……」

 セシリオが止めなかったら劇場鑑賞にウィンドウショッピング、湖畔の散歩と聞きかじった知識のフルコースやっていたかもしれない。
 オレも一つだけ言ってやる。

「オレたちを参考にするんじゃなく、お前とクララだからこそのコースを考えろ」
「よ、よし。わかった。考えてみる」

 思いの外素直に受け入れた。
 ローレンツは馬鹿正直なんだよな、基本。

「……もしかして、ウィルの悩みごともそういう系統のものだろうか」
「ウィルフレドがどうかしたのか?」

 セシリオは食後の紅茶に口をつけ、ため息まじりに頷く。

「三日くらい前からだろうか。職務は忠実にこなしているんだが、どこか居心地悪そうというか、落ち着かないように見えるんだ。気になって聞いても、私事《わたくしごと》ですので、としか言わない」
「つまり、誰かからデートの誘いを受けたと?」
「可能性はゼロではないだろう」

 ウィルフレドらしくない様子か。それもセシリオが気にするほどだからよほどだ。
 ただ、実際になにかしらの悩みがあったとしてもセシリオにだけは相談しないだろう。

 セシリオは薄情だと怒るかもしれないが、主を煩わせるようなことを忠実な従者のウィルフレドがするはずない。
 
「ウィルフレドが思い悩むくらいだから、デートではなく、もっと人生を左右するくらい重大な内容じゃないか。例えば他の職から引き抜きの声がかかったとか、誰か想う相手に婚約打診したとか」
「それならわたしに話せないのも無理ないか。しかしウィルを引き抜かれたら困る。執務の間にこっそり仮眠を取って見逃してくれるのはウィルだけなんだよ」


 真相はウィルフレドに聞くしかないが、語りたがらないなら、ウィルフレド本人が自分で解決するのを待つしかない。

 ウィルフレドの様子がおかしい理由ーー
 それは、翌日アラセリスの持ち帰った話で判明した。
 


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