一年生春編 運命に翻弄される春

  魔法学院に、アラセリスという庶民の娘が入学した。
 貴族の娘と違って家格のしがらみがないから、こいつを生徒会役員に入れればいい。
 そう思って近づいた。


 なのに、魅了術チャームと従属魔法が効かないどころか忘却術も効かない。
 忘却術が効かないから、失態を忘れさせることもできない。
 アラセリスの記憶を消せないことは、オレの……イワン・ラウレールの最大の汚点だ。

 すれ違う女生徒に微笑みかければ、頬を赤らめて惚ける。指を鳴らすと、瞬きをして何もなかったかのように元の目的のために動き出す。
 女ならばたいていはオレの術にかかり使役することができる。
 ギジェルミーナのような自我の強い女に魅了術は効かないが、忘却術は効く。
 オレの腕が落ちたわけではない、はずだ。


 食堂舎にいたから声をかけてみれば、「あなたなんかとキスしたこと、忘れさせてくれるなら綺麗に忘れたかったです」なんて抜かしやがる。

 こっちだってアラセリスの中から失態の記憶を消し去ってやりたかったのに、そういう言われ方をすると生涯忘れられなくしてやろうかと思ってしまう。

「……くそ、無駄打ちしすぎたか」

 頭が痛い、視界が揺らぐ。
 魔法の使いすぎによる魔力欠乏……いや、生気不足か。

 立っていられなくなり、膝をつく。
 そういえばここ数日、まともに食事・・できていなかった。

「大丈夫か、イワン! すぐ医務室に」

 誰かが駆け寄ってくる。
 ぼんやりと見えるのは金色の髪。この声は、セシリオだ。

「大したことない。だから誰にもいうな」
「……全く。君は昔から、無駄にプライドが高いな。どっちが王族かわからないとよく言われたね」

 オレを支えるセシリオの手から、魔力が流れてくる。
 少しだけ、息が楽になった。
 セシリオに支えられながら立ち上がる。

「イワン。余計なお世話なのを承知で言うけれど、早くつがい・・・を見つけた方がいいんじゃない? 魅了を使えば難しいことじゃないだろう」
「本当に、余計なお世話だ」

 普通の人間なら、食事や睡眠で魔力が回復する。
 だが、オレは祖父の……夢魔の血を色濃く継いでしまったせいで人間の食事をとれない。


 今みたいにお節介な幼馴染が魔力を分け与えてくれるからギリギリ維持しているが、所詮魔力は生気の代用品にすぎない。

 この学院にいる間に、事情を理解した上で魔力と生気の供給源になってくれる女を探さないといけない。
 期限は卒業までの二年。
 ちらりとアラセリスのことが脳裏をよぎったが、振り払う。
 あんな生意気な女はごめんだ。

 セシリオがまだ何か言いたげだったが、その手を払って教室に戻った。


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