没落令嬢ゲルダ、スパルタ農夫の妻になる。

 レオンと暮らし始めて半年。
 季節が秋に変わる頃、村に不釣り合いな馬車が来ました。
 それも町の乗り合い馬車ではなく、貴族私用の馬車。

「この村にゲルトルート・ハリエラがいると聞いた。出せ」

 降りてきた強面の大男が脅すように言って、みんな騒然としています。

「こんなへんぴなところに貴族がいるもんかね! 仕事の邪魔をするなら出ておいき!」

 おばさまが啖呵を切ったら、男が手を上げました。

「おばさま!」
「ゲルダ、あぶないから出ていったら駄目だ」

 駆け寄ろうとする私をレオンが止めました。
 男に続いて馬車から降りてきたのは、クリストフ。
 私を切り捨てたクリストフでした。

「久しいねゲルトルート。辺境の村に似つかわしくない銀髪の美少女がいると噂を聞いて調べさせてみたら……。やはり君で間違いなかったな。薄汚い田舎暮らしは君には辛かろう。第一夫人に据えてやるからうちに来ないか」
「……は?」

 いまさら何を言っているのか、わからない。

「君のお父上が脱税横領したというのはね、他の貴族がでっち上げた嘘だったというのが明らかになったんだ。だから君を妻にするのになんの問題もなくなった。君は、血筋だけなら良いからね」

 嘘の証拠で……他人に陥れられたがために我が家は没落、離散したのかと思うと、怒りとも悲しみともつかない気持ちが湧き上がる。

 のうのうと私を妻にすると言えるクリストフの神経もわからない。

 震える私の肩を、レオンが支えてくれた。

「さっきから何を言っている。この子は俺の妻のゲルダ。人違いで失礼なことを言うのはやめてもらえないか」
「レオン」

 口を開こうとした私に、レオンが『話を合わせろ』と目配せしてくる。
 半年、毎日一緒に働いていたからなんとなくわかるようになった。

「ええ、私はゲルダ。レオンの妻です。あなたが探している令嬢は、そんなに私と似ているのですか」
「見え透いた嘘でしらをきるつもりか。ゲルトルート。伯爵夫人になればそんな汚いボロなど着ず、ドレスを身に着けて何不自由なく暮らせるというのに」

 誰かが何くれなく世話してくれてドレスを着て笑っているだけでいい日々。クリストフにとって都合のいいお人形。
 そんな生活になんの価値があるのか、私にはもうわからない。

「それはゲルトルートという方に言ってください。私は今の暮らしに満足しています」
「次期伯爵のオレより、ろくに贅沢もさせてくれない農夫がいいと? 地に落ちた元公爵令嬢の君を救ってあげると言っているのに」

 伯爵家は家格で言えば公爵家よりも下。
 もしかしたらクリストフは、私の家のほうが格上であることが気に食わなかったのでは。クリストフの言葉の端々から感じられます。
 格上だった私が地べたを這いずって、それを救ってやると。


 父を陥れたのは、この人ではないの?


 そうだとしたら、絶対クリストフの言葉に頷くなんてできない。
 土下座して詫びたって、絶対こんな人の妻にはならない。


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