没落令嬢ゲルダ、スパルタ農夫の妻になる。

 日が暮れて、のどが渇いて、お腹も空いていて……もう歩くこともままならない。
 自慢だった銀髪は砂埃で汚れて、泣きたくなる。
 座り込んでしまった私の耳に、犬の鳴き声が届きました。

 そう。私、野犬に食われて死ぬのね。
 逃げる気力すらもうない。

 犬のものらしい軽やかな足音に続いて、人の足音が聞こえて来る。
 大型の獣ではなく、人の。

 ランタンの灯りが、私を照らした。


「お前、名前は? なんでこんなところにいる」

 たぶん私とそう年の変わらない、フードをかぶった少年が聞いてきます。不躾な聞き方に苛立ちましたが、きっと私の名も犯罪者の娘として広く知れ渡っている。
 ゲルトルート・ハリエラだと名乗ったら、どうなるかわかったものではない。

「ゲルダ」
「そうか、ゲルダ。行く当ては?」
「無いわ。家族ももういない」

 今着ているもの以外、私には何もない。家と学園を馬車で往復するだけの日々で、それ以外の地に土地勘なんてあるはずもない。
 もしこの少年に聞いて見知った土地に戻れたとしても、他の貴族……少しでも交流のあった令嬢や令息は、私を助けてくれない。クリストフの反応を見ていればわかります。

 少年はならば、と口を開きます。

「俺はレオン。ゲルダ、仕事の手伝いをするならうちに置いてやる。ここは田舎だからな。働かないやつに居場所はないぞ」
「手伝い?」
「あぁ、なんの仕事か知らずにうんとは言えないか。ついてこい」

 レオンは背負っていたリュックから水筒を取り出して私に投げて寄越す。

「声がかれている。喉渇いてるだろ」 
「……ありがとう」

 口調は乱暴でも、救いの手に違いありません。水を分けてもらって、レオンについていくことにしました。


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