囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 王子は長椅子に横になり、自分の藍色をした髪をつまみながら問います。


「なぜ、お前の夜語りには藍《あい》の者と金《きん》の者が現れる?」
「……幼き頃から、夢に見るのです。このうたで王子が眠る理由もわかりません」

 吟遊詩人は正直に答えます。

「ふむ。もしかしたらお前は魔物《ジンニーヤ》かもしれんな。それなら医者にも治せなかった俺が眠るのも納得だ」
「誰が魔物ですか!」

 さすがの吟遊詩人も腹を立てます。
 王子には友人と呼べる者がなく、人付き合いの経験が少ない……つまり、言っていいこと悪いことの区別がつきませんでした。




 ある港町に兄妹がいました。
 金の瞳の兄に、藍の髪の妹。
 兄妹が、港に来る旅行者から冒険譚を聞き、海の向こうの世界に憧れるのは自然なことでした。

 成長した二人は、あこがれを実現するため冒険の旅に出ました。

 財宝が隠されているという渓谷があれば向かい、海底に宝を積んだ船が沈んだと聞けば探しに行きました。
 
 いつもいつも二人で、どこへでも。
 けれどある時、妹は足に大怪我をして旅を続けることができなくなりました。

 だから自分の髪をバッサリ切り落として布袋に入れ、兄に託します。
 わたしの代わりにこれを、持っていってほしい。
 一緒に旅をしている気になれるから。

 妹は町に残り、兄の無事を祈ります。
 数年後。妹は町の青年と結婚し、男児の母になりました。

 兄は旅から帰れば妹家族のところに顔を出します。
 息子は成長して、伯父の冒険譚に憧れ、自分も特別なものを見つけたいと願うようになりました。

 血は争えないとはよく言ったもの。
 息子は母の夢を繋いで、兄とともに旅立ちました。 

 海の向こう、大地の向こうにある、まだ見ぬ新しい世界を求めて。



 |不眠の怪物《アルゴス》と揶揄される王子といえど、眠っていればそこらへんの若者と何も変わりません。
 吟遊詩人は苦笑します。
 きっとまだ、王宮や王都しか知らない王子。
 広い世界を見たら、王子も何か変わるでしょうか。
 自分勝手な暴君が変わる日が来るのを、吟遊詩人はどこかで期待していました。
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