囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

「かつてここにくにがあった」

 一人の少女が石碑を眺めていました。
 少女は、どこにでもいる、金の瞳を持つ、ありふれた娘です。昔から旅好きで、一人でここまで来ました。


 遠い昔、ここには国があったという。
 悪政に苦しむ人々が蜂起し、国を落とした。
 城があったことすらわからない、町並みには、処刑の地に石碑と、僅かばかりの城壁のかけらが残っているだけです。
 石碑にはその戦乱と、処刑された王族たちのことが書かれています。
 とくに、最後に斬首刑になった王子の言葉は伝説となっているようです。

 
「うたを」


 少女の隣に、いつの間にか背の高い青年がいました。
 彼も旅行客らしく、大きなバックパックを背負っています。
 藍の髪が印象的な、目つきの鋭い男です。

「お前、変わり者だな。誰もが素通りしている、こんな古ぼけたものに興味を持つなんて」
「人に歴史ありというではありませんか。あなたこそ、そんな変な女にわざわざ声をかけるなんて、その数倍変な人です」

 日頃、友だちからも変わり者だと言われているので、少女は頬をふくらませます。
 友に言われても複雑なのに、見ず知らずの他人に言われるのはさらにしゃくでした。
 
「ああ、お前はいまでも変わらないんだな。減らず口で命知らずなバカのまんまだ」
「バカとはなんですか」

 男は笑い、少女に問いかけます。

「お前、名前は?」
「名乗る必要がありますか」
「そうだな。知らなければならない。もう間違えないように。今度はきちんといろんなものに耳を傾けようと思う」


 男はどこか斜に構えた言い方をします。初対面のはずなのに、少女はとても懐かしいような、不思議な気持ちになりました。

「今度、は?」
「そうか、今度はお前のほうが覚えていないのだな。なら、話そうか。千一夜かけて」

 風変わりな男と少々勝ち気な少女は、この後ともに旅をするパートナーとなりました。
 男は毎夜、繰り返す藍と金の夢を語のです。



 END

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