囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 反乱軍が勝利し、街の広場には人々が集まりました。

 広場の中心にあるのは断頭台。
 国を支配してきた者たち国が次々に、消えていきます。
 民が戦と貧困で苦しむ中、私腹を肥やし平穏に暮らしていた王族と貴族たち。

 自由になった吟遊詩人は、群衆の後ろで阿鼻叫喚を聞いていました。


 見えなくても、音でわかります。
 最後の一人……王子が縛られ、断頭台の前に引きずり出されました。

 反乱軍の長に一言だけ話す時間をやる、言い残すことは、民への謝罪はないのかと問われます。

 王子は命乞いせず、民への謝罪もせず、親や妻だった者の名も口にしません。
 ただ、笑って一言。


「うたを」



 群衆の怒号が飛び交っていたのに、吟遊詩人の耳にはしっかりと届きました。
 身勝手で悪逆非道なる、最後の王族。

 これから死ぬというのに、唯一許された最期の一言を自分に投げてきたのです。



 吟遊詩人はライラを抱えたまま泣きます。

広場には、王子に家族を奪われ泣いている遺族もいたので、吟遊詩人の涙の意味を知る人などいません。
 この場で王子の死を悼む人など、他に誰も。


 もともとは、眠れぬ王子が眠るための眠剤代わり。
 恋仲だったわけではない。
 一度も名を呼びあったことがない。
 それでも、二人の間にはなにか言い表せない絆がありました。

 亡骸は打ち捨てられ、民が去った広場には、吟遊詩人だけが残りました。



 この場にいるのは二人だけ。
 もう二度と目覚めることがないアルゴスのために、吟遊詩人はライラを奏でます。


 千一夜、これが最後。
 もう囚われてはいない自由の身。
 王子のためにうたう義務もない。


 それでも、うたいました。


 或る国に金色の瞳を持つ吟遊詩人がいました。
 王子は、眠ることができない呪いを受けていました。
 吟遊詩人のうただけで眠ることができたのです。
 囚われた吟遊詩人《ライラ》は、うたい続けました。

 千一夜、眠れぬアルゴスのために。
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