囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 九百日経つ頃には、戦火が国全土に広がっていました。
 過去に王子が屠った者の数は、三桁近く。
 故人の遺族や友人、そして国政のあり方に反感を持つ者たちが一斉蜂起しているのです。

 王国軍は交戦していますが、城内の人間は日を追うごとに少なくなっていきます。
 壊れかけの泥舟に乗り続けるなど、酔狂でしかありません。

 王子の部屋に果物が置かれることもなくなりました。
 そんな状況でも、吟遊詩人は王子の部屋にうたを乞われ、ライラを奏でます。


 あるところに、音楽家の男がいました。藍の髪が印象的な男です。
 町の学校で音楽の教師をしていました。
 ある年、妻との間に息子が生まれて、その子は金色の瞳をしていました。

 息子が七歳になったとき、生まれつきの病気で耳が聞こえないことが判明します。
 息子は父の愛する音楽を理解することができませんでした。
 音は、見えないものだからです。

 父は息子に跡を継いでほしいと願っていたため、病気の発覚後、父子の関係はぎくしゃくしました。

 妻は言います。
 後を継ぐか継がないか、それは息子が決めること。たとえ生まれつき耳が聞こえていたって、音楽以外の道をゆく自由があるはず。
 後を継げないとわかったとたん、愛が消えてしまうのかと夫を叱りました。

 男は己の未熟さに気づき、息子に謝ります。言葉では届かないので、文字にして。
 息子も父に謝りました。
 理解したくても聞こえないのがもどかしかったと。

 それ以来、父子は耳の聞こえない人でも楽しめるものを探してともに余暇を過ごすようになりました。

 
 



 うたい終わり、王子の寝息だけが聞こえます。
 侍女がいないので、吟遊詩人は自分一人で壁に手をつき、部屋まで戻ります。
 毎日同じ場所の行き来しているので、歩数、風向き、感覚で自分の部屋に戻れるようになっていました。
 この日々の終わりが近いのを、ひしひしと感じました。

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