囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

「最近は城内が静かですね」

 吟遊詩人が城に幽閉されるようになって、七〇〇日。目が見えなくとも、吟遊詩人は変化に気づいていました。

「数名に暇を出したからな」

 王子の答えが嘘だと、吟遊詩人はわかっています。

 最近は少しずつ城内から人の気配が消えていき、昨日は吟遊詩人の身の回り世話をしてくれていた侍女が突然辞めました。
 北部で内乱が起きているという噂は、噂でなく真実なのでしょう。

 自分がかつて暮らしていた街角は国の南部。争いの地ではないけれど、いつそうなるかわかりません。

「そんなことよりも、うたを」

 王子に促され、吟遊詩人はライラの弦を爪弾きます。




 あるところに藍の髪の姉と金の瞳の弟がいました。
 姉弟が十にならないうちに母が病死。
 悲しみに暮れましたが、数年後に父は立ち直り、再婚しました。
 継母は、最初のうちこそ姉弟を可愛がりましたが、夫との間に子ができると血の繋がった子だけを溺愛するようになりました。
 父も後妻の顔色を伺って、助けてくれません。

 継母に疎まれていると理解した姉弟は、十五になる年に揃って家を出ます。
 半分だけ血の繋がっている妹は、継母と同じで二人を疎んでいたからです。

 仕事で失敗しても絶対頼るなと父は言う。
 継母と妹に、やっと他人がいなくなって部屋を広く使える、と笑顔で言われる始末。
 

 十年後、姉弟の仕事が軌道に乗り、稼げるようになってくると、一切連絡をとっていなかった両親から連絡がきました。

 妹が重い病気になって大金がいるから協力しろというのです。
 家族なら支え合うべきだと継母と妹は力説します。

 姉は静かに返します。
 困ったときだけ無心するのは家族とは言いません。
 家にいた頃、わたしが熱を出して倒れても、看病してくれたのは弟だけだった。
 本当の愛は見返りを求めない……そんなのはただの綺麗事で、わたしはあなたたちに何ももらっていないから何も返さない。

 弟が続けます。
 僕たち姉弟はそれぞれ結婚して、守るべき家族がいる。家族以外を助けられるほど裕福ではないから、帰ってほしい。

 元家族三人は、人の心がないのか、魔人のようだと憤慨しながら帰っていきます。
 実はこの三人、病気でも何でもなく、日々遊び暮らして借金まみれ、首が回らなくなっていたのでその肩代わりをさせようとしていたのでした。
 それからは三人とも働きづめの日々。遊ぶ暇もありません。


 一方、姉弟は互いに協力しあい、家族も自分も大切にして暮らしていきました。 



 うたいおわった吟遊詩人は、いつもと違う新しい侍女の手を借りて、部屋に戻ります。
 もう戻らない人々、ここで働いていた彼ら彼女ら……その誰かが今北部の戦地にいるかもしれないと思うと、切なくなりました。
19/23ページ
スキ