囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

 吟遊詩人が夜語り役になって、一年が過ぎようとしていました。
 王子のハレムには、ついにニ人、貴族の娘が入りました。
 といっても、本人たちが望んだのではなく、扱いに困っていた妾腹の娘を、権力を得るコマとして送り込んできたというのが真相です。

 二人とも我が強い娘なのだと、侍女づてに吟遊詩人の耳にも届いています。

「よかったですね、王子。威光を保てて」
「嬉しいものか。あんなわがままな女たちの相手など。ハレムなどない方が良かった」

 一人に会いに行けばもう片方の機嫌が悪くなる、ハレム内でけん制しあい火花が散る。先に跡取りを産めたほうの位が上になるのだから当然と言えます。

 自分のわがままさを棚に上げて、言いたい放題の王子に、吟遊詩人は失笑します。
 今や吟遊詩人は、家族以外に王子が唯一本音を打ち明けられる友人になっていました。

「わたしは話を聞くこと、うたうことくらいしかできません」
「うたも、少しは気休めになる」

 王子に促され、吟遊詩人はうたいます。



 ある町に夫婦がいました。
 金の瞳の妻と、力自慢の夫。仲の良い夫婦でした。
 ある年に夫が徴兵され、戦場で命を散らしました。海に落ちてしまったので、遺体すらありません。
 妻は最愛の人を亡くしたショックで家にこもりきりになってしまいます。
 夫の死から半年。
 片足が義足の男が妻を訪ねてきます。

 藍の髪が印象的なその男は、夫と同じ部隊にいた元兵でした。
 夫から託された遺品を持ってきたと言います。
 男も生死の境を彷徨うような怪我をしていたので、来るのが遅れてしまったことを侘びます。

 男が持ってきた遺品は、夫の指輪でした。
 最期の願いは、妻が新しい人を見つけて幸せに暮らすこと。
 指輪だけでもあの人の生きた証が戻ってきて嬉しい、妻は涙を流します。
 男から戦場の話を聞き、ようやく、死を受け止めることが叶いました。

 妻は何度もお礼を言い、もう嘆いてひきこもったりしないと誓います。

 男は妻の良き理解者、友人となり、支え合います。その後お互い老いて命尽きるまで交友は続きました。
 


 うたい終わり、吟遊詩人は侍女の手を借りて部屋に戻ります。
 侍女が、あなたはハレムに入ろうとは思わないのですか。と聞きますが吟遊詩人は首を左右にふります。
 王子相手に恋愛感情など持ち合わせていないし、吟遊詩人が望むのは、いつか必ず生まれ育った場所に帰ること、それだけだから。
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