囚われのライラは千一夜アルゴスに謳う

「公務のついでに、お前が言う街角とやらに行ってみた」

 王子の発言に、吟遊詩人は驚きます。どういう心境の変化なのでしょう。

「みな、おまえがいなくなったことを心配していた」

 女の子が消えたのですから当然の反応です。

「いいところだったでしょう?」
「どうだろうな。はじめからあそこで生まれたならいい場所と思ったのかもしれん」

 キレイな王宮で生まれ育った王子から見れば、ただの下町。雑然とした場所なのかもしれません。



 
 ある村に藍の髪の娘がいました。
 少女は生まれつき言葉を話すことができませんでした。
 学校があるような都市ではないので誰も文字の読み書きができず、筆談でも意思疎通ができません。
 だから親や村人から疎まれ、いつも一人でした。

 そんな少女はある日、金目の女商人と出会います。
 遠い都市から来た行商でした。
 少女は身振り手振りで、文字を教わりたいこと、ついていきたいことを訴えます。

 一つでもいいから、できることを増やしたい思ったのです。
 女商人は少女の意志を尊重し、同行を許しました。
 女商人から文字を教わり、意思を伝えられるようになります。
 もう一人の母親のように尊敬しました。

 ある夜更け、女商人が熱で倒れてしまいます。
 少女の他に家族がなく、医者を呼べるのは少女だけ。
 声が出ないことを今回ほど辛くもどかしく思ったことはありません。
 少女は医者のもとに走りました。

 声を出せないので、拳で何度も戸を叩きます。
 医者が出てきて、少女は医者の手を取り、その手のひらに文字を書いて師の病状を伝えました。

 女商人は薬を煎じてもらい危険な状況を脱します。
 あなたがいてくれてよかったと、女商人はお礼を言います。少女は生まれて初めて感謝されて、涙しました。
 それから少女は女商人の養子になり、生涯そばで母の仕事を支えました。


  
 吟遊詩人は歌い終わり、自分に与えられた部屋に戻ります。
 目を閉じて考えました。
 なぜ王子があの街角の視察に行ったのか。
 少しでも、吟遊詩人の感じる世界に歩み寄ろうとしてくれたのでしょうか。
 
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