恋愛レベル0のプレゼント
「これ、歩さんに似合いそう」
アリスは友人のネルと二人で、ハンドメイドのマルシェに買い物に来ていた。
もともとはオシャレに気を使わないタイプだったアリスだが、ワンダーウォーカーで働くうちに小物好きになっていた。
YELLという、ピアスを置いている店の前。
雇い主である歩に似合いそうなピアスが目に入り、立ち止まった。
「あ、本当だ。このきれいな紫の石とかキラキラしたプレートとか、歩さんぽい」
横からひょっこり覗きこんだネルも、アリスに同意する。
「……え、あれ? もしかしてあたし、声に出してた?」
「うん。アリスさん、休みの日でも歩さんのこと考えてるんだねぇ」
「え、そ、そういうわけじゃ」
つぶやいていたなんて恥ずかしい。
ブースの椅子に腰掛けている、穏やかそうな雰囲気の女性が声をかけてくる。
「どうぞ、よかったらお手にとってみてください」
「あ、は、はい。それじゃあ」
せっかくなので手に取ってみる。
パーツのデザイン、色使い、見れば見るほど歩のためにあるように思えてくる。
歩に恋人はいないらしい、けれど。
恋人でもない女からの贈り物は重いんじゃないかと、チラリと考えてしまう。
以前、助けてもらった恩返しにとモルフォ蝶のバレッタを贈ったら喜んで身につけてくれたし、これもお礼という名目なら渡してもいいんじゃないかなという気もする。
こういうマルシェは、一回限りの出店というクリエイターもいると聞くし、ハンドメイドはどれも一点物。この機会を逃したら二度と出会えない。
逡巡した末に、アリスは財布を出した。
受け取ってもらえなかったら自分で付ければよし!
「これください」
「ありがとうございます。恋人さん、喜ぶといいですね」
「え、いや、ち、違うんです。恋人じゃ……。あたしが勝手に、贈りたいって思っただけで」
誰に対しての言い訳なのか、アリスは焦って否定する。
隣ではネルが意味ありげな含み笑いをしている。
「な、なに、ネル。その顔は」
「なんでもないよー。私も初斗兄さんにネクタイピンを買ったよ。ほら見て。帽子とウサギがついているの。可愛いでしょう」
ネルの場合は、贈る相手が旦那様だから言い訳不要。
堂々と渡せるのは羨ましい。
代金を渡して、可愛らしい袋に収まったピアスを受け取る。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
店主の女性に会釈を返して店を離れた。
イベント会場を出てから、二人で帰り道を歩く。
ネルは自分用にもシュシュなどを買いそろえて楽しそうだ。
「歩さん喜んでくれるよ、絶対」
「だ、だから、歩さん用じゃ……」
「素直にならないと、ライバルが現れたとき後悔すると思うの。私も歩さんの知り合いだから、ちょくちょく「歩さんがフリーかどうか教えて」って人に聞かれるんだから」
「う……」
歩にはたくさんお世話になっているから、幸せになってほしい。けれど、歩が綺麗な女性と恋仲になるところを見届けたくはない、と勝手なことを考えてしまう。
「それじゃあまた明日ね、アリスさん。私ももう帰るから。がんばって!」
ネルに背中を押されて、アリスはワンダーウォーカーの扉を押した。
「いらっしゃい…………って、アリスちゃん。今日はお休みなんだから、働かなくていいのよ?」
夕食時が近いから、お客さんはまばら。
アリスは深呼吸して、歩にピアスが入った袋を渡す。
「ネルとマルシェに行ってきたの。歩さん、こういうの好きかなって思って」
「ありがとう、アリスちゃん。アタシの好みよくわかってるわね」
歩はさっそく自分の両耳にかけて、店の鏡に映してみせる。
「ふふふ。アタシ専用に作られたみたいで素敵」
「喜んでもらえてよかった。そ、それじゃ、これ渡すために来ただけだから。また明日!」
顔がにやけそうになって、いたたまれなくなって店を出た。
「ああ、あたしってば挙動不審」
走ってアパートに帰って、息を落ち着ける。
歩への恋が初恋で、恋愛レベル0のアリスが、素直に好きと言えるようになるまで、まだまだかかりそうだ。
おしまい
アリスは友人のネルと二人で、ハンドメイドのマルシェに買い物に来ていた。
もともとはオシャレに気を使わないタイプだったアリスだが、ワンダーウォーカーで働くうちに小物好きになっていた。
YELLという、ピアスを置いている店の前。
雇い主である歩に似合いそうなピアスが目に入り、立ち止まった。
「あ、本当だ。このきれいな紫の石とかキラキラしたプレートとか、歩さんぽい」
横からひょっこり覗きこんだネルも、アリスに同意する。
「……え、あれ? もしかしてあたし、声に出してた?」
「うん。アリスさん、休みの日でも歩さんのこと考えてるんだねぇ」
「え、そ、そういうわけじゃ」
つぶやいていたなんて恥ずかしい。
ブースの椅子に腰掛けている、穏やかそうな雰囲気の女性が声をかけてくる。
「どうぞ、よかったらお手にとってみてください」
「あ、は、はい。それじゃあ」
せっかくなので手に取ってみる。
パーツのデザイン、色使い、見れば見るほど歩のためにあるように思えてくる。
歩に恋人はいないらしい、けれど。
恋人でもない女からの贈り物は重いんじゃないかと、チラリと考えてしまう。
以前、助けてもらった恩返しにとモルフォ蝶のバレッタを贈ったら喜んで身につけてくれたし、これもお礼という名目なら渡してもいいんじゃないかなという気もする。
こういうマルシェは、一回限りの出店というクリエイターもいると聞くし、ハンドメイドはどれも一点物。この機会を逃したら二度と出会えない。
逡巡した末に、アリスは財布を出した。
受け取ってもらえなかったら自分で付ければよし!
「これください」
「ありがとうございます。恋人さん、喜ぶといいですね」
「え、いや、ち、違うんです。恋人じゃ……。あたしが勝手に、贈りたいって思っただけで」
誰に対しての言い訳なのか、アリスは焦って否定する。
隣ではネルが意味ありげな含み笑いをしている。
「な、なに、ネル。その顔は」
「なんでもないよー。私も初斗兄さんにネクタイピンを買ったよ。ほら見て。帽子とウサギがついているの。可愛いでしょう」
ネルの場合は、贈る相手が旦那様だから言い訳不要。
堂々と渡せるのは羨ましい。
代金を渡して、可愛らしい袋に収まったピアスを受け取る。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
店主の女性に会釈を返して店を離れた。
イベント会場を出てから、二人で帰り道を歩く。
ネルは自分用にもシュシュなどを買いそろえて楽しそうだ。
「歩さん喜んでくれるよ、絶対」
「だ、だから、歩さん用じゃ……」
「素直にならないと、ライバルが現れたとき後悔すると思うの。私も歩さんの知り合いだから、ちょくちょく「歩さんがフリーかどうか教えて」って人に聞かれるんだから」
「う……」
歩にはたくさんお世話になっているから、幸せになってほしい。けれど、歩が綺麗な女性と恋仲になるところを見届けたくはない、と勝手なことを考えてしまう。
「それじゃあまた明日ね、アリスさん。私ももう帰るから。がんばって!」
ネルに背中を押されて、アリスはワンダーウォーカーの扉を押した。
「いらっしゃい…………って、アリスちゃん。今日はお休みなんだから、働かなくていいのよ?」
夕食時が近いから、お客さんはまばら。
アリスは深呼吸して、歩にピアスが入った袋を渡す。
「ネルとマルシェに行ってきたの。歩さん、こういうの好きかなって思って」
「ありがとう、アリスちゃん。アタシの好みよくわかってるわね」
歩はさっそく自分の両耳にかけて、店の鏡に映してみせる。
「ふふふ。アタシ専用に作られたみたいで素敵」
「喜んでもらえてよかった。そ、それじゃ、これ渡すために来ただけだから。また明日!」
顔がにやけそうになって、いたたまれなくなって店を出た。
「ああ、あたしってば挙動不審」
走ってアパートに帰って、息を落ち着ける。
歩への恋が初恋で、恋愛レベル0のアリスが、素直に好きと言えるようになるまで、まだまだかかりそうだ。
おしまい
1/1ページ