夢で満ちたら

 時は流れ……
 ユメは十月の中間テストで全教科50点以上を取り、中でも国語は75点を叩き出した。
 夏で一気に巻き返して、クラスメートだけでなく各教科の教師を驚かせた。

 テストが返却されたその日のうちにミチルに見せに来て、大はしゃぎだった。

 期末もきちんと合格点を取って卒業。
 


 そして、今日。
 ミチルとユメは約束どおり、卒業祝いで北海道に来ていた。

 見渡す限り大型の建物がないから、視界は空の青とラベンダーの紫、二色に染まる。

 バスから降りて、ユメは花畑に向かって走っていく。

「でっかいどーーーぉ! ミチルちゃん、ミチルちゃん、空と花畑しかないよ!」
「本当に広いね。ホームページで見るのと本物じゃ迫力が大違い」
「そうだよ。こんなにおっきいんだもんスマホの中に入り切らないよ」

 同じバスに乗っていたご夫婦が、ミチルとユメのやり取りを見て笑っている。

「お嬢ちゃんたち富良野は初めてかい。儂らも何回来ても、毎回感動してひっくり返っちまうのさ」

「わっかる! 空がすっごい広いもん! おじいちゃんたち何回も来てるなら、ここ以外でおすすめの場所ある? なんかすごいとこ!」

「そうだねぇ。牧場がいいんじゃないかい。牧場で取れたじゃがいもと牛乳でじゃがバターが絶品なのさ」
「じゃがバター!? それいいね!」

 ユメのコミュニケーション能力の高さは相変わらずで、初対面のご夫婦ともう仲良しになっている。

 ユメがご夫婦と語らっている間、ミチルはベンチに腰を下ろして、何も考えずに景色を眺める。
 風が運んでくる花の香りもよくて、気持ちが落ち着く。


 しばらくそうしていると、牧場のパンフレットをもらって戻ってきた。


「ミチルちゃん、牧場の行き方書いてあるって!」
「うん。聞こえてた。相変わらずユメはすごいなぁ。言葉が通じない海外に行ってもやっていけそう」
「あはは。あたしの働いている旅館、海外からきたお客様もいるから英語の勉強になるよ。いつか泊まりに来てね〜」
「そうだね。父さんと母さんと、三人で行くよ」

 
 ユメは現在、鎌倉の旅館で仲居をしている。
 こっそり働いている姿を見に行った叔母いわく、教育係の仲居さんは「丁寧に教えれば素直に飲み込むし、いつも笑顔だから、お客様からの評判がいい」と話していたらしい。

 ユメが天職を見つけられたようで何よりだ。


「ああそうだ、旅館で思い出した。ありがとうユメ。四月から新しく来た生徒、ユメに紹介されたって言ってた。まさか旅館で家庭教師の営業してるなんて思わなかったよ……」
「座卓に宿題放り投げて勉強したくないーって言ってたから、うちの従姉は超有能な家庭教師だから、勉強楽しくなるよー! って教えただけだよ」

 ユメが旅館で働きはじめてからもう三人、所属する家庭教師グループにミチルを指名する連絡が入った。
 赤点大王から一転、クラスの上位七位に食い込む成績に跳ね上がった張本人が言うのだから、効果はバツグン。
 ミチルは一気に忙しくなった。

「勉強が楽しくなるなら、あれになりたいこれになりたいって、夢をたくさん見られるでしょ」
「ユメが言うと説得力がハンパないね」

 ミチルは笑ってパンフレットを受け取る。

「牧場に行く前に写真撮ろ! 飛行機に乗る前にこれ買ってたんだ。歩さんがオススメしてくれた」

 ユメがリュックから取り出したのは、使い捨てインスタントカメラ。両親が中学くらいのころ主流だった、懐かしいシロモノだ。

「おや懐かしいねぇ。どうれ、お嬢さんがた。わたしが撮ってあげるよ」
「ありがとうー!」
「ほら、ぴいすじゃよ、ぴーぃす!」

 ノリノリのご夫婦が、ラベンダー畑をバックに撮影してくれた。

「ふふふ。現像するのが楽しみだねぇ」
「スマホでも撮れるのにあえてインスタントカメラなんだね」
「それがまたオツなんだって歩さんが言ってた。ワンダーウォーカーにもアメリカとかドイツとか色んなとこの写真貼ってあるでしょ」
「あるね。見切れちゃったのとか、ぶれてるのとか」

 旅行の写真は撮り直せないからこそいいのだと言っていた。
 そして写真たちに混じって、額装されたインターハイのメダルと、陸上大会の賞状が飾られている。

 陸上大会男子200メートル2位蛇場見駆 

 ブランクを言い訳にはしない、と言って渡された賞状を、歩は用意していた額に収めた。
 
 そして店に来るお客様に兄自慢をしている。


「私も、壁を埋め尽くすくらい好きなものを見つけたいな」

「それじゃ、これが一枚目だね。きっとこの先ミチルちゃんが結婚してお母さんになって、夢を見つけた生徒がたくさん羽ばたいていって、思い出は壁一面じゃ足りなくなるよ」

「結婚って……話が一気に飛躍したなぁ」

「東堂のお兄さんからちょくちょくおデートに誘われてるって伯母ちゃん情報が入っているんだけどぉー?」

「母さん、余計なことを」

 ランニングの帰りにカフェに誘われるようになり、話す機会が増えた。
 話すたびに彼の真摯で努力家な面が見えてきて、とても尊敬できる人だと思う。

 あの日の「爽やかイケメンに助けられて恋が始まるやつだ」発言が現実のものになりつつあり、ユメのニヤニヤが止まらない。
 どうやら東堂は父の旧友のご子息だったようで、対面した父はなんとも言えない顔をしていた。


「もう。からかわないでよ。ここのお土産買ったら、行くんでしょ、じゃがバターの牧場」
「行く行く! ラベンダーはちみつ買ってみたいんだ」
「今はスニーカーじゃないんだから、走ると危ないよ」

 ラベンダー畑の手前にある売店を目指してユメが走り出す。
 ミチルも家族や彼にお土産を贈りたいから、ユメを追う。





 かつて空っぽだった二人は、夢に満ち溢れた今を生きていく。これからも、前を向いて。



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