空に魅せられる

 父の趣味は散歩だ。
 近所をウォーキングするようなものではなくて、森林公園の遊歩道、四キロほどあるそこをぐるりとまわる。
 四十年務めた会社を定年退職してからは、シルバー人材で働きながら休日のたびにウォーキングしに行く。

 そして今日。
 会社が休みなので昼間から寝ていた私は、散歩のお供として駆り出されている。
 正直言って私はインドア派。父とは正反対で、休日はひたすら寝ていたい人なのだ。セミの鳴き声がうるさいクソ暑い中を歩きたくはない。

 なぜ私を連れてくる必要があったと内心グチりながら、父のニメートル後ろをうつむきがちに歩く。雨上がりの土はややぬかるんでいて、お気に入りのスニーカーが泥にまみれる。
 早く帰りたい。つぶやく私の肩を父が叩き、少年みたいに無邪気に笑って空を指差した。
 陽のさす雲間には虹が、真一文字の虹が浮かんでいる。

「散歩もたまにはいいもんだろ」

 思わず息を呑んだ。スマホ越しでは絶対味わえない、ほんの少しの間しか見ることのできない空は、例えるものが思い浮かばないほどだ。
 疲れや暑さなんて吹き飛んでいた。

 その日から、寝ているだけだった私の休日には散歩という趣味が加わった。
 したり顔の父の顔が小憎らしい。
 それじゃあ今日も行こう。
 今日しか見られない空を見に。

END
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