乙女ゲームの主人公になったけど恋する気がない。

「ごめんユリナ。俺、ミカちゃんと結婚することにしたから。別れてくれるよな」

 婚約者は新入社員の肩を抱きながら、そう言い放った。
 あっさりと私を捨てた。
 職場恋愛で結婚式は二ヶ月後に迫っていたのに。


 その日は下戸なのにヤケ酒して、たぶん急性アルコール中毒で死んだ。

 気がついたら私は──


 ゆるふわ姫かわいい女の子になっていた。

 ピンクのふわふわ髪、空色の瞳、愛くるしいクソムカつく顔。
 婚約者を奪ったビッチに何処となく似ている。

 妹がやりこんでいた乙女ゲームの主人公
がこんな顔だった。
 攻略対象は完璧王子・クール次期公爵・溺愛子爵・チャラい騎士。
 しかもどの男にも婚約者という名のライバル女キャラがついている。



 なんで婚約者を取られた私が、略奪する側に転生させられてんの。
 神様クソすぎない?

 のぞき込んだ池の水面に映る姿をまじまじと眺める。
 見れば見るほど嫌なやつだ。

 転生しちゃったものは仕方ないけど、攻略対象の婚約者たちを自分と同じ目にあわせたくないから、恋愛しない方向に進みたい。

 見た感じ、私(主人公)は十四歳前後。
 ゲームシナリオ開始が十七歳の誕生日だったかな。

 平凡な村娘である主人公が、実は伯爵の隠し子だったとわかって伯爵家に引き取られるっていう、使いまわされすぎて擦り切れているテンプレ設定。

 ゲーム開始まであと三年しか猶予がない。

 一応この世界で生きてきた十四年分の記憶もよみがえってくる。
 私が住んでいるのは、農地しかないど田舎。見渡すかぎり田んぼ。
 何もないがある場所だ。
 山の麓の町まで行けば教会がある。
 本編開始前にすべてを終わらせるため、私は野を超え山を超え、教会に飛び込んだ。

「私を、ここに置いてください! この身は神に捧げます。生涯神様にお使えします!」


 修道女になると、家も家族も財産も持てない。
 男に裏切られることもない。万々歳だ。
 修道女としての生活は日々祈りを捧げ、炊事洗濯をして、教会が引き取った戦災孤児の世話もする。

 スマホもないしテレビもないし、この生活に飽きてしまうかと思ったけれど、意外と私の性に合っている気がする。

 そして男が少ない教会だから、金品を盗みに入る不届き者も現れる。
 私はみんなを守るため、テレビを見られなくなって持て余した時間をトレーニングにつぎ込んだ。

 腕立てスクワット、シャドーボクシング。
 ひたすら己の筋肉を鍛えた。
 男は裏切るけど筋肉は裏切らない。
 そしてゲーム開始の十七歳を迎える日には、鬼ゴリラというあだ名を冠していた。

 ゲーム補正なのか、村から出たはずなのに伯爵家の使いが私を迎えに来たけれど、拳で語り合ってお引き取り願った。

 伯爵家は跡取りがいないまま絶えたとかなんとか。
 まあ知りません。婚約者のみなさんが滞りなく幸せな結婚をできたならオーケーです。

 教会で暮らす仲間を守るためにも、これからも筋肉を鍛えていこう。


END
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