マリオネットは契約結婚で愛を知る。

 墓参りの帰り、マンション近くのスーパーに立ち寄って食材を選ぶ。
 静が即日家を追い出されるなんて想定していない展開だったため、マンションの冷蔵庫には、ほぼ食べ物がなかった。
 買い物かごを持ちながら、優一は静に確認する。

「静ちゃんはアレルギーや苦手なもの、あるかな。何が好き?」
「あ、えと、アレルギーは、ないです。たぶん。検査したことはないけれど、食べ物で具合が悪くなったことはないので。好きなのは、……その、桃、です。優一さんは?」
「僕はアレルギーで豚肉がだめなんだ。『トンカツや豚汁はメチャクチャ美味しいのに食えないなんて、優一は人生半分損してるぞ』って、友達によく言われたよ。いくら美味しくても、体が受け付けないのは努力でどうにもならないからなあ」

 優一がやれやれと肩をすくめる。
 静はこんなふうにたわいない会話をしたのはずいぶんと久しぶりだった。

 静の様子を見て、優一も笑顔になる。

「あの、夕ごはん、私が作ります。なにが食べたいですか。優一さんの好きなもの、教えてください」
「うーん。オムレツが食べたいかも」
「もしかしてたまご料理が好きなんですか? 朝は目玉焼きだったじゃないですか」
「え? あ、あはは。そんなことはないよ。これは偶然で……。じゃあ、えーと、うーん、からあげが食べたい」
「からあげはいつもバイト先で作っていたので得意です。おまかせ下さい。とくに塩からあげが人気だったんです」

 これまで勤めてきたバイト先はすべて食事処だった。
 静の分の食事は用意されていないから、必然的にまかないが出る仕事を選ぶことになった。基本は裏方の洗い場や調理の仕事。
 何年もいたから食材や調味料の分量も頭に入っていて、料理名を聞いたら瞬時に調理に取り掛かるスキルが身についた。

「それは楽しみだな。揚げ物って一人分だと面倒だから、ついコンビニやこの店のお惣菜に頼ってたんだ」
「買って済ませるって意外です。あ、わ、悪い意味でないです。優一さんはお料理ちゃんとできるし、部屋、すごく片付いているから」

 静の先入観で、男性のひとり暮らしはコンビニ弁当頼みの食生活、散らかった部屋というイメージがあった。
 優一は料理の手際がすごくいいだけでなく、味もかなり美味しい。部屋は片付いている上に、余分な家具家電が一切ない。

 静の実家はデパ地下のお惣菜パックとレトルト食品が山積み。母が買って一度使ってそれっきりのダイエット電磁ベルトだったり、キララが買ってきた美顔マッサージ器だったり、【なくても生活できる家電や雑貨】が溢れていた。

「もうクセになっちゃっているんだ。うちの母……静ちゃんの伯母だけど、僕が実家にいた頃、家事を全部僕にやらせていたんだ。その間自分は寝転がってテレビを見ながらスナック菓子を食べてさ。こどものころは『僕は生きている限り、この人にとって都合のいい人形なのかな』って、思っていた」

 優一もまた、母親に縛られて自由がなかった。

「最初の結婚のときもね、やけにあっさり家を出るのを許してくれたなと思ったら、……あの人、「嫁は義実家に仕えろ」って家に呼びつけて家事をやらせていたんだ。結婚後ひと月で、離婚届をおいて出ていった。本当に、前妻には申し訳ないことをしたと思う。それが三ヶ月前のことだ」
「そう、だったんですね」
「うん。だから静ちゃんになにかされる前に、今の部屋も月末までには出るつもりだよ。婚姻届を預けちゃったせいで、叔母さんにも住所を知られてしまったし。ほら、ただの従妹を連れていくと誘拐だなんだと騒ぎ立てられる可能性があるけれど、夫婦なら一緒に引っ越しても不自然じゃないだろう」

 優一自身もそんな体験をしてきたのに、静のために百万円も出してくれて、引っ越しまで考えている。
 感謝なんていう言葉じゃ足りない。

「ありがとう、優一さん。私のために動いてくれて」
「僕が静ちゃんの都合を考えず自分勝手にしたことだから、お礼はいらないよ。静ちゃんには、僕みたいに母親の犠牲になってほしくなかったんだ」
「それでも、私はあなたの“自分勝手”に救われたから、ありがとう。明日も、明後日も、何度でも言います。これは私の勝手です」

 優一と明日の約束、その先の約束をする。
 ずっと、毎日が辛いだけで、明日なんて来なければいいのに、と思っていた。
 逆らえば平手打ちされるし、黙っていても罵られる。生きていていいことなんて何もないと思っていた。

 でも、今日は夕食を作るのが楽しみで、明日が来るのが楽しみ。

「あ、静ちゃん見て。プリンの新作が出ているよ。桃のもある」

 優一が桃ジュレ乗せプリン、あまトロたまごプリンを見つけて、迷い無くかごに放り込む。
 さっきは必死に否定していたけれど、無意識にたまごのデザートを手に取ってしまうあたり、やっぱりたまごが好きらしい。
 夕飯のあとに食べよう、と言う優一は小さな子どもみたいに嬉しそうで、静は笑ってしまった。
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