マリオネットは契約結婚で愛を知る。

 ふたりで女性服売り場を見て回り、店のスタッフのアドバイスをもらいながら、トップス三着、ボトムスはスカートとパンツを一着ずつ買った。

 これまで着ていたものは紙袋に入れてもらい、そこのスタッフいちおしのケーブル柄ニットセーターにデニムパンツの組み合わせを着ている。バルーン袖というタイプのもので、手の付け根が隠れるくらいゆったりしている。
 鏡に映る自分を見て、静は気後れしていた。 

「に、にあう、でしょうか……」
「うん。すごく似合うよ。静ちゃん優しくてあたたかい雰囲気だから、ベージュ似合うね。あ、店員さん。こっちのこれもください」

 優一が棚に並んでいた、セーターと同じ色、素材のベレー帽を静の頭にのせてみて、そのままお買い上げした。

 対応してくれた女性スタッフは、ニコニコしながら「今かぶっていきますよね。タグ切って袋に入れておきます」と答える。優一と同じように楽しそうだ。

 アパレルショップで服を買ったことがないと言ったら、このナナさんというスタッフは、つきっきりで似合いそうなコーディネートを考えてくれたのだ。仕事だからではなく、根っから服が好きなようだ。
 次買いに来ることがあったら、また虎門さんに頼みたい。

「そ、そんな、いいです! 五着も買っていただいたんですから充分です。お金は大事に使わないと」
「二十一回分のクリスマスプレゼントにするにはまだ足りないよ。はい、帽子。靴も今はいているのしかないでしょう。バッグもボストンバッグ一つだと困るだろうし。買っていこう。遠慮しなくていいよ。夫婦なんだから」
「……あ、ありがとう、ございます」

 静は嬉しさと気恥ずかしさで頭がパンクしそうだ。
 ずっと古着数着の着回しだったし、ようやく服をもらえたと思っても、母が何年も着倒してあちこちほつれた廃棄寸前のシャツだった。

 そんな状態だったのに、いま、普通の女の子のようにオシャレしている。
 夫婦で買い物なんて、まだ夢を見ているようだ。
 優一は三つの紙袋を抱え直し、エレベーターのところにあるフロアマップを指す。

「靴とバッグを買ったら、ごはんは別のところで食べようか。この様子だとフードコートは席が空いていなさそうだし」
「あ、はい」

 時刻は昼十二時を回ったばかりで、しかもまだ正月の四日目。両手にショップバッグだけでなく、福袋をさげた人がごったがえしている。
 それにさっきから、何度も迷子お知らせアナウンスが流れている。
 優一がずっと静のほうを振り返りながら歩いてくれるから見失うことはないけれど、気を抜くとはぐれかねない。
 

「うあああああん! ママああああ、パパあああ! どこーー!?」

 近くにいた三歳くらいの女の子が、大声で泣きはじめた。
 まわりの人はどうしたものかふりかえりながら歩き去る。目の前のベンチに座っていた三人組の男性も、迷子が気にはなるようだけど「俺らみたいのが声かけると誘拐と疑われるしなあ……」「かといってほっとくのもなあ」とささやきあっている。

 静は女の子の前に膝をついてゆっくり話しかける。

「どうしたの。ママとはぐれちゃった?」
「あうううう、うん、これ、みてただけらのに」

 小さな手にガチャポンのおもちゃを握りしめている。これに夢中になっているうちに、両親を見失ってしまったようだ。
 世界に一人だけ取り残されたような、不安でいっぱいの顔をしている。

「お名前、言える? 私は静」
「まーちゃん」
「そう、怖かったね。まーちゃん、お店の人にママを探してもらおう。ね? お姉ちゃんが一緒に「ママをみつけて」って言ってあげるから」
「う」

 静がハンカチで女の子の涙をふいて、手をつなぐ。

「優一さん、買い物、あとでもいいですか」
「もちろんだよ。その子の親を探してあげるのが優先だ」

 ちょうど今いる階に案内所があったから、そこのに向かう。
 道すがら、女の子に何回も声をかけて案内所まで行くと、そこには優一くらいの年齢の夫婦がいて右往左往していた。

「まま、ぱぱ!」

 女の子は一直線に二人に向かって走り出す。

「まーちゃん! ああ、よかった! もう、だめでしょう、勝手にどこか行っちゃ」
「うあああん! まーちゃんら、ないもんん、ぱぱとままがどっかいっちゃ、らも、ん」

 女の子からすれば、勝手にいなくなっちゃったのはパパとママのほう。小さな拳で叩かれて、両親は何度も女の子に謝り、再会出来たことを泣いて喜んだ。

「うちの子を助けてくださってありがとうございます」
「いえ。当然のことをしただけです。まーちゃん、ママとパパに会えてよかったね」
「しーたん、あーがと。ぷいきゅあみたい」

 お父さんに抱き上げられた女の子は、握りしめていたなにかを静の方に出した。
 魔法少女の変身コンパクトだ。三センチくらいのキーホルダー。

「……くれるの? これはまーちゃんの宝物じゃないの」
「うん。しーたん、ひーろーらから」
「そっか。ありがとう、まーちゃん」

 女の子の家族を見送って、静はほっと息をついた。

「誰かのために動けるって、優しいね静ちゃん。昔と変わってないな」
「……へ? あの、私と優一さんって、お父さんの葬儀のときくらいしか会ってない……です、よね?」
「実叔父さんのお見舞い、していたでしょう。すれ違っただけだから静ちゃんは覚えていないだろうけれど。静ちゃんが手作りの薔薇をくれたんだって、叔父さんはすごく嬉しそうだった」
「そう、だったんですね。……お父さんが教えてくれたんです。白薔薇の花言葉は尊敬。尊敬する人に贈る花なんだって。だから、どうしてもお父さんに贈りたくて。お店で売っている花みたいに綺麗じゃないから、お姉ちゃんにはゴミだって笑われちゃった」

 父のことを話したのは何年ぶりだろう。

 静はフロアマップを見上げて、一角に視線をとめた。

「あの、優一さん。ご迷惑でなかったら、フラワーショップにも立ち寄っていいですか? 自分で買うので」
「もちろん」

 上の階で靴とバッグを買ったあと、店員に頼んで白薔薇の花束を作ってもらった。

 それから寺に立ち寄り、実の墓に向かう。
 静が父の墓に手を合わせることができたのは、葬儀の日以来だった。保坂家の墓があるのは、自宅から徒歩で行ける距離ではなかった。
 優一が場所を知っていたため、迷うことなく墓につくことができた。

 静は薔薇を供えて、うっすら雪が積もった墓石に語りかける。
 二人の他に墓参りに来ている人はなく、鳥の鳴き声が大きく感じるくらいに静かだ。

「お父さん、久しぶり。ずっと会いに来れなくて、ごめんね」

 静の隣で、優一も墓に手を合わせ、目を瞑る。
 保坂家の墓は他の家の墓に比べてずいぶんと苔むし、薄汚れている。
 母とキララは、父の入院中に一度も見舞いに行かなかったくらいだ。盆の墓参りにだって来るわけがない。
 静が心から敬愛する父なのに、死んでからも二人に雑な扱いをされている。
 悲しくて悔しくて、静の瞳から涙がこぼれ落ちる。

「何もしてあげられなくて、ごめんね。お父さんのことが嫌いで来なかったわけじゃないからね」

 静は手で届く範囲の苔を落とし、ハンカチで汚れを拭う。静の手が届かない高さの苔は、優一が落としてくれた。

「静ちゃん。次に来るときは掃除道具を持ってこよう」
「はい」

 立ち去る前に、優一が墓に向かって深くお辞儀をした。

「実叔父さんが叶えられなかった分、僕が叶えるから……だから、どうか安らかに」

 父が叶えられなかったものがなんなのか、静にはわからない。けれど、とても真摯で、誠意を感じる言葉だった。
7/37ページ
スキ