マリオネットは契約結婚で愛を知る。

 朝、静は見慣れない部屋で目覚めた。

(……ああ、そっか、優一さんのところに来たんだった……)

 布団をたたんでダイニングに行くと、もう優一が起きて朝食の支度をしていた。

「おはよう、静ちゃん。よく眠れた?」

「おはようございます……って、あ、す、すみません。私が作ります。ごめんなさい、昨日から、お世話になりっぱなしで」

 優一は気にした風もなく朗らかに笑う。

「謝らなくていいよ。どうしても気になるようなら、食後の洗い物を頼もうかな」
「は、はい」

 ごはんと、わかめの味噌汁、目玉焼き。味ノリを添える。シンプルながらも美味しそうだ。

 朝食を食べながら、優一は今日の予定を話してくれる。

「静ちゃん。役所で婚姻届を出したあとは何ヶ所か行きたいところがあるんだ」
「あの、でも今日はアルバイトが。優一さんもお仕事があるんじゃ」
「僕の勤め先は今週末まで年末年始休業に入っているから大丈夫。問題は静ちゃんの仕事のことだ。叔母さんたちはきっと、静ちゃんが結婚したあともお金だけは振り込めと言うだろう。だから先手を打とうと思うんだ」

 静に働かせて自分たちは遊んで暮らす……母とキララがそんな生活を今更手放せるわけがない。
 なにをどうするのか、静は考えてもわからなかったけれど、優一を信じることにした。

「それと、形としては夫婦になるけれど、会って間もない僕とじゃ嫌だろうから、その、夜のことはしなくていいよ。家事もふたりで分担するつもりだから、ひとりで負わなくていい。これだけは先に言っておきたくて」

 さすがに静も、そこまでの覚悟はなかった。
 優一のおだやかで優しい人柄に好感を覚えているけれど、今夜からすぐ夫婦の営みをと要求されても応えられる気がしない。
 静自身の気持ちが追いついていないのと、恥ずかしながらその手の知識がない。

 でも優一だって若い男性だし、性欲発散したいものじゃないのかなんて一瞬考えてしまって静は自分の顔が熱くなるのを感じた。

「あ、えと、優一さん、お気遣い、ありがとうございます……。なんか、すみません」

 話をふった優一本人も、言った手前恥ずかしいようで、食事中の視線は明後日の方向だった。


 優一の運転で役所に行き、転居手続きと婚姻届の提出をする。
 おめでとうございます、と役所の人に祝福されて、静はなんだか不思議な気持ちだった。
 ほぼ初対面の従兄と夫婦になるなんて自分でも信じられない。


 それからアルバイト先二ヶ所に顔を出した。
 結婚と引っ越しが決まったので最短で辞職したいこと、それから恥を忍んで実家の事情を話し、最後の給料は手渡しにしてほしいことを話す。
 こうすれば、せめて最後に働いた分は静の手元にくる。

「あなたは長く働いてくれているのに、自分のものを何も買っている様子がないのが不思議だったの。そんな事情があったなんて、気づいてあげられなくてごめんなさいね。あとのことは気にしなくていいから、旦那さんと幸せになりなさい」
「私の方こそ、すみません。お店が忙しい時期にこんな話をして。これまでお世話になりました。ありがとうございました、店長」

 店長に謝罪されて、静のほうが申し訳無さでいっぱいだった。

 
 店を出て、優一は近くにある駅ビルを指す。服屋のテナントが多く入っている場所だ。

「あとは静ちゃんの服を買おうか。あのバッグに詰まっているので全部なら、足りないだろう。遅めのクリスマスプレゼントに、静ちゃんの欲しいものを贈るよ」
「そんな、自分で買います。さっき、お給料もらえましたし」

 あの家から逃がしてくれた上に、服まで買ってくれるという。
 いくら法の上で夫婦になったとはいえ、優一のやさしさにそこまで甘えるわけにはいかない。

「気にしなくていいよ。男のロマンとして、一度でいいから奥さんにクリスマスプレゼントを贈るっていうのをしてみたかったんだ。あと、夫婦で初詣してみたい。叶えてくれたら嬉しい」

 前の奥さんとそういうことをしていない様子だった。
 奥さんがそういうことを煩わしいと思うタイプだったのか、それともクリスマスも正月も過ごさないうちに別れてしまったのか……。
 聞いていいことなのかどうか、わからない。話してくれるまで、聞かないほうがいいような気がした。


 夫婦になったけれど、静は優一のことを何も知らない。
 きっと優一も静のことを、母が親戚の集まりで話した断片的な部分しか知らない。

(私、優一さんにもらってばかりでなにも返せていない。食べ物の好き嫌いすら知らない。もっと、ちゃんと知りたいな、優一さんのこと)

 二人で服屋をまわりながら、静はそんなふうに思った。 
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