マリオネットは契約結婚で愛を知る。

 夕飯は神奈川県内の漁港でとれた魚介と地場産の野菜づくしだった。
 刺し身に天ぷら、茶碗蒸しにお吸い物。このあたりの名物しらす丼もついてきた。
 予約の段階で優一が豚のアレルギーだと伝えてあるから、豚関連のものは代替品に置き換えられている。
 だから気兼ねなく食事を楽しむことができた。
 静は一つ食べるごとに、幸せそうに頬を緩ませる。

 恥ずかしそうにしながらも刺し身の皿を受け取って、アジの刺し身を食べる。
 刺し身や寿司を、まるで初めて食べるかのような顔をしてほおばる様子を見て、察した。
 ……まるで、ではない。本当に、初めて食べるんだ。
 高校を中退させられて以来、家で食事をもらえず、口にできるのはバイト先のまかないだけ。給料はすべて母親に握られていたから、自分で買って食べることも叶わない。
 そんな生活では、贅沢品を口にする機会がなかっただろう。
 静の受けてきた扱いを思うと胸が痛む。
 
「静は美味しそうに食べるから、見ていて気持ちいいな」
「へ!? そ、そんなふうにじっと見られると恥ずかしいです」
「お刺身が気に入ったなら僕の分も食べていいよ、ほら」
「あ、ありがとう優一さん。じゃあ、これと交換しましょう」

 優一の差し出す皿を受け取り、代わりに自分の茶碗蒸しをくれた。

「ありがとう静。茶碗蒸し、大好きだから嬉しいよ」
「こちらこそ。お寿司やお刺身ってこんなに美味しかったんですね」

 優一は見返りなんて求めていなかったのに。
 静の優しさを受け取り、二人で舌鼓をうった。



 食事のあと、スマホを見ると祖父からメッセージが来ていた。

『優一、静。旅行楽しんでいますか。旅行が終わったらいったん顔を出してくれないか。大切な話がある』

 祖父は入院していたとき、「娘達がお望みなら退院後に遺産の話をする」と言っていた。
 公証人のところに行って遺言書を作成したのかもしれない。

 血を分けた娘から死ぬことを望まれている……祖父の気持ちを考えると、悲しくなる。
『必ず行くよ。お土産買っていくから楽しみにしていて』と返信して、部屋の電気を消した。
 完全な暗闇ではなく、障子越しに入る月明かりがあるから、かすかに物の形がわかる。

 静が優一に手を伸ばして、形を確かめるように、頬や肩をなぞる。夕食で出た日本酒は少量だったけれど、酒を飲み慣れない静が酔うには十分過ぎた。
 いつも以上にのんびりとした口調で笑っている。

「ふふふ。優一さん、優一さん、知ってますか。私は、優一さんのことがーだーいすきなんれすよー」
「うん、知ってるよ。僕も静のこと好きだもの。…………ねえ静。一つお願いがあるんだ」
「ひゃ。な、なんです?」

 耳もとで囁くと、静は肩をビクンとはねさせる。

「静の今の話し方って、先輩と話すときと同じだろう。もっと砕けた言葉で話してほしいな。夫婦なんだから」
「えへへへ、わかったー。優一さん、ちゅーしよ、ちゅー」

 この様子だと、明日になったら今の会話を覚えていなさそうだ。

 無邪気でかわいいけれど、他の人にこの姿を見せたくない。
 静がシラフのときに、人がいるときにお酒を飲んではいけないと言っておかないと。

 静は額に、鼻筋に、唇に口付けて、優一の後頭部に手を回してくる。
 普段ならやめるよう言えたかもしれないが、優一もそれなりに飲んでいた。
 静の帯を解いて、布団の上に押し倒す。そして夜が明けるまで、幾度となく求め合った。
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