マリオネットは契約結婚で愛を知る。

 二月に入り、ジュエリー工房で指輪づくりをする。
 優一は静の指輪を、静は優一の指輪を作ることにした。
 指のサイズに合わせて金属の棒を切り、バーナーで熱して円形に曲げる。継ぎ目を溶接したら木槌で打ってリングの形を整えていく。
 スタッフが丁寧に説明してくれて、少しずつ作業をすすめる。
 こんなふうに物づくりをしていると、小学校の図画工作の授業を思い出す。子どものときに作ったのは貯金箱だったな、なんて。不格好なのになぜかすごく嬉しくて、意味もなく小銭を入れて蓋を開けるのを繰り返していた。

 貯金箱づくりよりずっと楽しい。優一は円型になった指輪を静に見せる。

「ほら見て静。僕、指輪職人の才能あるんじゃないかな」
「うん、すごく上手。私だって、負けていないです」
「わ、静のもすごいね。お店に並んでいるものみたいだ。二人で職人になっちゃうのもいいんじゃない?」
「もう。さすがに本職の人には敵いませんって」

 ヤスリで表面と内側を整えて、三時間があっという間に過ぎた。
 世界に一対だけ、自分たちだけの指輪が完成した。
 静の左手をとって、薬指に作りたての結婚指輪をはめる。
 静のために作ったものだから、世界に存在するどの指輪よりも似合っているという自信がある。

「静に贈る最初のアクセサリーは結婚指輪って思っていたんだ。宝石箱にふさわしいだろ」
「……あのときにはもう、そう思ってくれていたんですね」

 静は頬を紅潮させてはにかむ。
 家から追い出された日の静は、全身冷え切って、真っ白な顔をしていた。
「お前の夫になるのは外に女を作る最低な男だ」と吹き込まれていたらしいから、優一の姿を見ても怯えていた。
 その静が、こんなふうに笑える日が来たことが心から嬉しい。

 優一の手には静が指輪をはめた。がちがちに緊張している。
 工房のみなさんに「仲良しさんですね」と言われて二人で照れてしまった。



 指輪づくりのあとは、二人でショッピングを楽しむ。
 もうすぐバレンタインだから、どのお店も専用コーナーができている。
 お菓子を販売していない店でも、バレンタインラッピングします! というPOPがついている。
 ネクタイ、ネクタイピン、メンズ香水、マフラー、万年筆。
 静は真剣な顔で商品棚のサンプルを手に取り、優一の意見を聞いてくる。 

「優一さんは受講生さんや職場の方からチョコをもらうこと、ありますか」
「それって、ヤキモチ?」
「あ、えと……チョコをたくさんもらうなら、私が甘いものを贈っても食べ切れなくて困るかな。優一さん、絶対に生徒さんから慕われていると思うから」
「そっか、そうだよね、ハハハ…………。うん、毎年職場の女性たちが、皆さんでどうぞってくれるし、受講生からももらうよ。だいたい四箱くらい」

 期待してしまった自分が恥ずかしい。
 静が「私以外の人からのチョコは貰わないで!」と独占欲強めに嫉妬するタイプじゃないのはわかっている。
 けれど、貰ってくる前提の気配りをされるのは寂しいと思ってしまうのは贅沢だろう。
 優一は、少女マンガのモテ男子みたいに「愛する静の以外は貰わないぜ!」なんて性格ではない。
 くれる人はみんな、慣例だから配っているだけの、いわゆる義理チョコ。
 義理であっても時間を使って用意してくれたのだから、いらないなんて突き返すのは失礼な気がしてしまう。
 それに甘いものは好きだから、仕事の合間につまむのにちょうどいいくらいに思っていた。

「も、もしかして普通の女の子って、こういうときヤキモチを焼くものですか。もらっちゃダメって言ったほうがいい?」

 静がハッとしてうろたえだす。

「いや、人によるんじゃないかな」
「そっか、そうですよね。よかった」

 胸をなでおろして、改めて優一に聞いてくる。

「実は好きな人にバレンタインの贈り物をするって初めてで。だから何が正解なのかわからないんです。手作りはよほど腕が良くないと好まれないとも聞きますし」 
「静が作ってくれるならなんだって美味しいよ。昨日のオムライスだってレストランで出てきてもおかしくなかったもの。中のチキンライスだってちょうどいいケチャップの具合で。また食べたいな」
「ふふふ。それじゃあ、バレンタインは贈り物以外にオムライスを作りましょうか」
「毎日でもいいんだよ。手作りプリンをつけてくれたらもっと嬉しいな」

 優一はわりと本気で言っている。
 最初の頃はたまごが特別好きなわけじゃない、なんて言い訳をしていたけれど、本当は大好きだ。
 高校のときにさんざんクラスメートに「プリンやオムライスが好きなんてお子ちゃまみたいだな」と馬鹿にされて以来、人前では隠すようにしていた。
 静は馬鹿にしないし、むしろ体調を気づかてくれる。そんなところがかわいい。

「さすがにオムライスとプリン同時はたまごの食べ過ぎですよー。せめてプリンは翌日にしてください」
「じゃあ次の日にプリン。約束ね」
「はい。約束です」

 指切りげんまんして、静がバレンタインギフト選びを再開する。
 考えた末、雑貨にするようだ。

「届くまでに一週間かかるけれど、名入れもできるってポスターに書いてあるから、これ、どうかなって思うんですけど」

 静が並んでいたサンプルから選んだのは、重厚なデザインのボールペンだった。マットな深いネイビーで、ピンのデザインも気品が漂う。程よい重さがあって書き味も手触りも抜群。
 値札を見てびっくりしてしまった。六千円。海外の老舗文具ブランドの逸品だった。

「いいの、こんなに良い物」
「ほら、優一さんは仕事でパソコンの業務以外にも、書類を書くような事務作業も多いでしょう。このペンなら持ちやすくて書きやすい、負担にならないものがあったらいいかなと思ったんです。昔、お父さんが言っていたの。このブランドのペンは、大切にしていけば十年以上使えるんだって」

 これまで優一は文具にこだわりがなく、コンビニで売っているような三百円前後のボールペンで済ませていた。失くしてもまたそこら辺で買えばいいやというくらい。
 ここまで優一の為を思って選んでくれたものだから、大切にしないとという気持ちになる。
 そういえば、就職したての頃は先輩にいわれたものだ。
 文具は長年愛用できるいいものを選べ、人に見られる職業は、持ち物にも気を使うべきなのだと。
 優一の記憶では、叔父の実は営業事務をしていた。
 だからそれを受け継いだ静も、優一にいいペンを贈ろうと考えた。

 静は店員に声をかけ、名入れとギフト包装の依頼をして、戻ってくる。

「バレンタイン前には受け取れるんですって。楽しみにしていましょう」
「ありがとう。待ち遠しいね」

 そのあともショッピングモールをめぐり、優一は気になった店の前で足を止めた。

「静。色違いのハンカチセットがあるよ」
「ふふ。向かい合わせでうさぎの刺繍が入ってる。かわいいね」
「それじゃ、これが僕からのバレンタインプレゼントだ。ヨーロッパだと男性から女性に贈るのが主流だっていうし。それに、おそろいのもの、何か持ちたかったんだ」

 静も喜んでくれて、店の名前が入ったショップバッグを抱きしめて笑う。

「ありがとう。本当に、優一さんはたくさん私に幸せをくれる。あの家から連れ出してもらえただけでも幸せなのに、年齢の分だけクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントをくれるし、こうしておそろいのものを持とうって言ってくれる。もうこの1ヶ月で一生分もらった気分」
「まだまだこれまでの二十一年分をプレゼントしきっていないよ。それに僕も、静から幸せをたくさんもらっているよ。だから、もっといっぱい静を笑顔にしたいし、幸せを分け合いたい」
「それじゃあこれからもずっとずっと、一緒にいないといけませんね」
「そうだとも。新婚旅行だって二週間後に控えているだろう。初春の湯河原はすごくきれいだと思うよ。僕、内風呂付きの宿なんて生まれて初めて泊まるんだ。楽しみだね」

 優一はこれからも静とささやかな幸せをわかちあって、生きていきたいと心から願う。

 これまで悲しいことが多かった分、抱えきれないくらいたくさんの幸せを静に贈ろう。
 二人で手を繋いで歩きながら、優一は改めて思った。
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