マリオネットは契約結婚で愛を知る。
いきなり別れろと言われて、静は困った。
「復縁要請されたから断った」と優一が話していたけれど、静に突撃してくるとは予想外だった。
静は優一のことが好きだし、離れるなんてもう考えていない。優一が静を大切にしてくれていると知っているから、身を引くなんてありえなかった。
「私が優一さんと別れることはないです。お引き取りください」
キッパリ断ると、冬美は唇を噛んで静を睨む。
「……どうして。優一が離婚届を出していなかったら、優一の隣にいられたのはわたしだったのに」
「別れたくなかったなら、なんで離婚届を置いていったんです」
「愛の深さを確かめるためよ。わたしを愛してくれているなら、追いかけてくるでしょう。別れたくないって」
冬美は自信満々の顔で堂々を胸を張る。
優一が家族を捨てて自分を選んでくれると信じて疑わなかった……そんなのは愛じゃない。
自分の願望を押し付けているだけ。思い通りにいかなかったからって、静に当たるのは間違っている。
「本当に好きなら、優一さんの幸せを願うものじゃないんですか」
「そうよ。あなたと別れてわたしとやり直すのが幸せ。だから別れて。家族がいないなら、わたし、優一を幸せにしてあげられるから」
「それはあなたにとっての幸せでしょう。優一さんの気持ちを無視するのはおかしいよ」
会話が成り立っているようで噛み合っていない。
これ以上話しても同じことしか言わなそうで、静は考えあぐねる。
そこに、電話を終えた優一が戻ってきた。
「勝手に僕の幸せを決めないでくれ。君とやり直すことは絶対にないと言ったはずだ」
優一は冷たい目を冬美に向けて、静の手を取る。
「遅くなってごめん、静。急いで病院に行かないと」
「どうしたの、優一さん。お仕事の電話じゃなかったの?」
「昨夜おじいちゃんが倒れて入院したって、おばあちゃんから連絡が来たんだ。新しい連絡先を伝えそびれていたから、会社に電話が入ったみたい」
「えっ! それじゃ早くお見舞いに行かないと」
「…………もしかしたら叔母さんやキララに会ってしまうかもしれないけれど、いいのかい」
祖父は、母の松にとっては実父。万一でも見舞いに行っているかもしれない。
そこで遭遇してしまえば、また静にたかるのは目に見えている。
「お母さんと姉さんに会いたくはないけど、でも、それとこれとは違う。おじいちゃんに一度も会えないまま終わるなんて、そんなの悲しい。だから、行きたい」
「うん。ありがとう。おばあちゃんにもこれから二人で行くって連絡するよ」
冬美は黙って優一と静のやりとりを見ている。
黙っていた冬美に、優一は諭すよう静かな口調で告げる。
「……お義母さんはあなたを女手一つで育て上げたいい人、うまくやれるって言っていた君から、家族と縁を切るならやり直せるなんて言葉を聞くとは思わなかったよ。ねえ、君は家族と完全に縁を切るなら復縁って言ったけれど、逆のことができるかい? 復縁するならご実家の両親や親戚と完全に縁を切ってって僕が言ったら、実行できる?」
「今の話にわたしの親は関係ないでしょ。わたしを愛してくれる、わたしの大好きな家族よ。結婚するからって縁を切るなんてありえないわ」
「僕、母は嫌いだけど、おじいちゃんとおばあちゃんには良くしてもらった。亡くなった叔父さんにもすごくお世話になったんだ。静だって僕の従妹で、叔父さんがいなかったら静とは出会えなかった。全部を捨てるなんて無理なんだよ。僕とやり直すなら、これから病院に行くことになるし、母さんもきっと来るよ」
「嫌よ。あの人には会いたくないわ。お祖父さんには悪いけど、お見舞いに行かなければ会わずに済むでしょう。なんでわざわざそんな危険をおかすの。葬儀で会うのも嫌だし」
冬美にとって、優一の母は天敵。名前を聞くのすら嫌なようで顔をしかめる。
めちゃくちゃなことを言っていると、自覚はあるだろうか。
「自分が捨てられないのに、なんで僕には一切合切捨てろと言えるんだ。そんなの僕の幸せじゃない。……会いに来られたって迷惑だって昨日言っただろう。静にも迷惑かけないでくれ」
「そんな……」
「普通の家庭で育った人と幸せになって。普通とかけ離れた家族がいる僕では、君を幸せにできないから」
決定的な一言をいわれて、冬美は雷に打たれたような顔をする。
自分のために今の妻と親類全部を捨ててほしいなんて、どれだけ酷なことを言っているのかようやく理解できたようだ。
その場に立ち尽くす冬美を残して、静と優一は家に急いだ。
マンション近くの契約駐車場に置いている車に乗り込んで、祖母に一報入れてから病院に向かった。
「ごめんね、静。迷惑かけることになって。もっときっぱり別れられていたら、こんなことにならなかったのに」
「大丈夫。……私、どうしてもこの場所を譲りたくなかったから。守ってくれてありがとう。おじいちゃんたちのこと、大事って言ってくれて、ありがとう」
自分の意志をはっきりと伝えられて、優一も静を選ぶと言ってくれて嬉しかった。
それに、大切な親族もいると言ってくれてよかった。
「守るよ。静を幸せにするのが、僕の幸せだから」
優一が静の頬を手でなぞる。
確かに静は母とキララにひどい扱いをうけてきたけれど、優一と静がいとこだからこうして出会うことができた。
静の母と優一の母がいなかったら、ふたりともこの世に生まれていなかったんだから。
「復縁要請されたから断った」と優一が話していたけれど、静に突撃してくるとは予想外だった。
静は優一のことが好きだし、離れるなんてもう考えていない。優一が静を大切にしてくれていると知っているから、身を引くなんてありえなかった。
「私が優一さんと別れることはないです。お引き取りください」
キッパリ断ると、冬美は唇を噛んで静を睨む。
「……どうして。優一が離婚届を出していなかったら、優一の隣にいられたのはわたしだったのに」
「別れたくなかったなら、なんで離婚届を置いていったんです」
「愛の深さを確かめるためよ。わたしを愛してくれているなら、追いかけてくるでしょう。別れたくないって」
冬美は自信満々の顔で堂々を胸を張る。
優一が家族を捨てて自分を選んでくれると信じて疑わなかった……そんなのは愛じゃない。
自分の願望を押し付けているだけ。思い通りにいかなかったからって、静に当たるのは間違っている。
「本当に好きなら、優一さんの幸せを願うものじゃないんですか」
「そうよ。あなたと別れてわたしとやり直すのが幸せ。だから別れて。家族がいないなら、わたし、優一を幸せにしてあげられるから」
「それはあなたにとっての幸せでしょう。優一さんの気持ちを無視するのはおかしいよ」
会話が成り立っているようで噛み合っていない。
これ以上話しても同じことしか言わなそうで、静は考えあぐねる。
そこに、電話を終えた優一が戻ってきた。
「勝手に僕の幸せを決めないでくれ。君とやり直すことは絶対にないと言ったはずだ」
優一は冷たい目を冬美に向けて、静の手を取る。
「遅くなってごめん、静。急いで病院に行かないと」
「どうしたの、優一さん。お仕事の電話じゃなかったの?」
「昨夜おじいちゃんが倒れて入院したって、おばあちゃんから連絡が来たんだ。新しい連絡先を伝えそびれていたから、会社に電話が入ったみたい」
「えっ! それじゃ早くお見舞いに行かないと」
「…………もしかしたら叔母さんやキララに会ってしまうかもしれないけれど、いいのかい」
祖父は、母の松にとっては実父。万一でも見舞いに行っているかもしれない。
そこで遭遇してしまえば、また静にたかるのは目に見えている。
「お母さんと姉さんに会いたくはないけど、でも、それとこれとは違う。おじいちゃんに一度も会えないまま終わるなんて、そんなの悲しい。だから、行きたい」
「うん。ありがとう。おばあちゃんにもこれから二人で行くって連絡するよ」
冬美は黙って優一と静のやりとりを見ている。
黙っていた冬美に、優一は諭すよう静かな口調で告げる。
「……お義母さんはあなたを女手一つで育て上げたいい人、うまくやれるって言っていた君から、家族と縁を切るならやり直せるなんて言葉を聞くとは思わなかったよ。ねえ、君は家族と完全に縁を切るなら復縁って言ったけれど、逆のことができるかい? 復縁するならご実家の両親や親戚と完全に縁を切ってって僕が言ったら、実行できる?」
「今の話にわたしの親は関係ないでしょ。わたしを愛してくれる、わたしの大好きな家族よ。結婚するからって縁を切るなんてありえないわ」
「僕、母は嫌いだけど、おじいちゃんとおばあちゃんには良くしてもらった。亡くなった叔父さんにもすごくお世話になったんだ。静だって僕の従妹で、叔父さんがいなかったら静とは出会えなかった。全部を捨てるなんて無理なんだよ。僕とやり直すなら、これから病院に行くことになるし、母さんもきっと来るよ」
「嫌よ。あの人には会いたくないわ。お祖父さんには悪いけど、お見舞いに行かなければ会わずに済むでしょう。なんでわざわざそんな危険をおかすの。葬儀で会うのも嫌だし」
冬美にとって、優一の母は天敵。名前を聞くのすら嫌なようで顔をしかめる。
めちゃくちゃなことを言っていると、自覚はあるだろうか。
「自分が捨てられないのに、なんで僕には一切合切捨てろと言えるんだ。そんなの僕の幸せじゃない。……会いに来られたって迷惑だって昨日言っただろう。静にも迷惑かけないでくれ」
「そんな……」
「普通の家庭で育った人と幸せになって。普通とかけ離れた家族がいる僕では、君を幸せにできないから」
決定的な一言をいわれて、冬美は雷に打たれたような顔をする。
自分のために今の妻と親類全部を捨ててほしいなんて、どれだけ酷なことを言っているのかようやく理解できたようだ。
その場に立ち尽くす冬美を残して、静と優一は家に急いだ。
マンション近くの契約駐車場に置いている車に乗り込んで、祖母に一報入れてから病院に向かった。
「ごめんね、静。迷惑かけることになって。もっときっぱり別れられていたら、こんなことにならなかったのに」
「大丈夫。……私、どうしてもこの場所を譲りたくなかったから。守ってくれてありがとう。おじいちゃんたちのこと、大事って言ってくれて、ありがとう」
自分の意志をはっきりと伝えられて、優一も静を選ぶと言ってくれて嬉しかった。
それに、大切な親族もいると言ってくれてよかった。
「守るよ。静を幸せにするのが、僕の幸せだから」
優一が静の頬を手でなぞる。
確かに静は母とキララにひどい扱いをうけてきたけれど、優一と静がいとこだからこうして出会うことができた。
静の母と優一の母がいなかったら、ふたりともこの世に生まれていなかったんだから。