マリオネットは契約結婚で愛を知る。
静は今日も今日とてパソコンの勉強に力を入れていた。
ワンダーウォーカーでアンティークのローテーブルを買ってきたので、そこにノートパソコンとテキストを広げる。
クッションに座ってパソコンを打つのにちょうどいい高さだ。
色味も好みだし、店長がイギリスで一目惚れして仕入れた逸品というのも頷ける。
隣には優一がいて、テキストを片手にワード検定の要点を教えてくれる。
「ビジネス文書に使われる時候の挨拶は知識問題にも出てくるから、覚えておいて損はないよ。今は一月だから、新春の候、迎春の候……この単語は年賀状にも使われるからよく目にするかな。二月なら立春の候。二十四節気の言葉を入れておけば間違いない」
「…………立春は二月ですものね。なら三月は春分の候、六月なら夏至」
「そう。そんな感じ。静ちゃん応用力も高いね」
優一が微笑むと、それだけで静の心臓は壊れそうなくらい高鳴る。
平静を装いたいのに、肩があたるくらいの距離にいるから困る。
意識して緊張しているのは自分だけ。
夫婦の営みをしないということは、優一は親に追われる心配がなくなったら静と別れる気でいたはず。あの夜のことは、なかったことにするのが一番いい。
頭を振ってテキストの要点にマーカーをひく。
優一とかりそめの夫婦になるまでは、こんな風になにかに集中できなくなるなんてことはなかった。
(こんなんじゃダメだ。しっかりしないと。優一さんと別れたあと、自立しないとなんだから)
手取り十五万近くあればひとり暮らしは可能だと聞くし、住まいも当面はウィークリーマンションでどうにかなる。
「静ちゃん、どうしたの。手が止まっているよ。悩みごと?」
「あ、いえ。なんでもないです。明日の朝ごはんは何を作ろうかなって考えただけで」
「そっか。……ねえ静ちゃん、次の休みに一緒に行きたいところがあるんだ。いいかな。大切な話もしたいし」
優一の表情はとても真剣で、すごく大切な用事なのだとわかる。
(もしかして、もう離婚の時期を決めたいとか……、そういうことなのかな)
引っ越して以降、母とキララが突撃してくる様子はない。
連絡先をブロックしているし、新居を知らせていないから、探偵でも雇わない限りここを知る手段はない。
静の口座からお金を引き出せなくなっているのだから、二人が働きに出ていない限り探偵を雇うお金どころか、光熱費も払えなくなっていそうだ。
母とキララとの縁を切ったことを、後悔はしない。
誰かが「家族を見捨てるなんて非道だ」と静を罵るかもしれない。
でも、母もキララも健康体だし、まだ働ける年齢だ。
本来なら静だけに働かせたりなんてせず、短時間バイトでもいいから働きに出るべきだったのだ。
「大丈夫です。どこに行くんですか?」
「……ええと、当日教えるのじゃだめかな。静ちゃんに嫌だって言われたら、週末まで泣いて暮らすことになりそうだから」
「ふふっ。大げさですね」
断られたら泣いちゃうようなことはなんだろう、静は考えを巡らせる。
離婚したいのに離婚届にサインしてくれなかったら泣いちゃう?
それともなにか他にしたいことがある?
服や日用品を買いにいくならそう言うはず。
静は期待と不安が半々の状態で、週末まで過ごすことになった。
ワンダーウォーカーでアンティークのローテーブルを買ってきたので、そこにノートパソコンとテキストを広げる。
クッションに座ってパソコンを打つのにちょうどいい高さだ。
色味も好みだし、店長がイギリスで一目惚れして仕入れた逸品というのも頷ける。
隣には優一がいて、テキストを片手にワード検定の要点を教えてくれる。
「ビジネス文書に使われる時候の挨拶は知識問題にも出てくるから、覚えておいて損はないよ。今は一月だから、新春の候、迎春の候……この単語は年賀状にも使われるからよく目にするかな。二月なら立春の候。二十四節気の言葉を入れておけば間違いない」
「…………立春は二月ですものね。なら三月は春分の候、六月なら夏至」
「そう。そんな感じ。静ちゃん応用力も高いね」
優一が微笑むと、それだけで静の心臓は壊れそうなくらい高鳴る。
平静を装いたいのに、肩があたるくらいの距離にいるから困る。
意識して緊張しているのは自分だけ。
夫婦の営みをしないということは、優一は親に追われる心配がなくなったら静と別れる気でいたはず。あの夜のことは、なかったことにするのが一番いい。
頭を振ってテキストの要点にマーカーをひく。
優一とかりそめの夫婦になるまでは、こんな風になにかに集中できなくなるなんてことはなかった。
(こんなんじゃダメだ。しっかりしないと。優一さんと別れたあと、自立しないとなんだから)
手取り十五万近くあればひとり暮らしは可能だと聞くし、住まいも当面はウィークリーマンションでどうにかなる。
「静ちゃん、どうしたの。手が止まっているよ。悩みごと?」
「あ、いえ。なんでもないです。明日の朝ごはんは何を作ろうかなって考えただけで」
「そっか。……ねえ静ちゃん、次の休みに一緒に行きたいところがあるんだ。いいかな。大切な話もしたいし」
優一の表情はとても真剣で、すごく大切な用事なのだとわかる。
(もしかして、もう離婚の時期を決めたいとか……、そういうことなのかな)
引っ越して以降、母とキララが突撃してくる様子はない。
連絡先をブロックしているし、新居を知らせていないから、探偵でも雇わない限りここを知る手段はない。
静の口座からお金を引き出せなくなっているのだから、二人が働きに出ていない限り探偵を雇うお金どころか、光熱費も払えなくなっていそうだ。
母とキララとの縁を切ったことを、後悔はしない。
誰かが「家族を見捨てるなんて非道だ」と静を罵るかもしれない。
でも、母もキララも健康体だし、まだ働ける年齢だ。
本来なら静だけに働かせたりなんてせず、短時間バイトでもいいから働きに出るべきだったのだ。
「大丈夫です。どこに行くんですか?」
「……ええと、当日教えるのじゃだめかな。静ちゃんに嫌だって言われたら、週末まで泣いて暮らすことになりそうだから」
「ふふっ。大げさですね」
断られたら泣いちゃうようなことはなんだろう、静は考えを巡らせる。
離婚したいのに離婚届にサインしてくれなかったら泣いちゃう?
それともなにか他にしたいことがある?
服や日用品を買いにいくならそう言うはず。
静は期待と不安が半々の状態で、週末まで過ごすことになった。