マリオネットは契約結婚で愛を知る。
「くそ、優一のやつ、どこに行きやがった!!」
静から金を取れないまま帰路についた。
引越し先を聞こうと静の携帯にかけたのに、『この電話番号は現在使われていません』のアナウンスが流れるだけ。優一の電話番号も、同じく使われていないというアナウンスが流れた。
二人とも携帯を解約したとでもいうのだろうか。
百万円寄越してきたとき、優一は静を家政婦として使いたい、と言っていた。
家政婦というのは嘘っぱちで、百万円回収できる見込みがあったからじゃないだろうかと勘ぐる。
顔はクソ親父によく似ているが、静は一応二十歳過ぎたばかりの女だ。
夜職……風俗なら月収百万なんて軽いと聞く。
月百万を独り占めするために、松とキララにばれないよう住まいを別のところに移したのか。
そう考えたら腸が煮えくりかえりそうだった。
食事処なんていう薄給なところでなく夜職をさせていたなら、松は毎月、今以上に遊んでいられたはずだ。
往復電車賃が出ていったせいで、手持ちの金は千円を切ってしまった。
結局、給料日当日。
朝食は家に残っていたレトルトカレーだ。レンチンご飯がなかったため、カレーしかない。
オシャレさの欠片もない非常食を食べることになって、キララは不満を爆発させた。
「ねー。なんでこんなしょぼいもん食べなきゃいけないわけ?」
「文句なら静と優一に言ってよ。行き先も言わずに引っ越しやがって」
玄関の郵便受けに溜まっていた手紙を回収して、居間のテーブルに投げつける。
こういう雑用も静の役目だったのに。
たまりにたまった郵便物の中に水道、ガス、電気料金の払込書が混じっていた。
公共料金だけじゃない。松とキララの携帯電話料金の請求書もきていた。
「はあ? お母さん、なによこれ。どういうこと?」
携帯電話料金も足せば、四万円超の請求書だ。
電気料金の支払期日まであと十日。
「引き落とし日に残額がなかったってことね。しかたない。行ってくるわ」
ため息を吐き、支払い用紙をバッグに詰めて銀行に向かった。
ATMに静の口座のカードを差し込むと、異変が起こった。
ATMコーナーにけたたましい警報音が鳴り響き、銀行員と警備員が集まった。
いつもどおりに金を引き出そうとしただけなのに、なぜこんなことになっているのか、松はうろたえる。
並んでいた客たちも驚いて、松と警備員を交互に見ている。
「な、なんなの。なに、あんたたち」
「すみませんお客様。少し、奥の部屋で話をしましょう」
「なんでよ。あたしはお金を下ろそうとしただけなのに」
文句を言っても聞き入れられず、別室に連れて行かれた。
「お客様。さきほどお客様が使用されたカードは紛失手続きがされているものです。……お客様のお名前が確認できるものをお持ちでしょうか」
「は? 紛失? どういうことよ!」
「お名前を確認させてください。あなたがそのキャッシュカードの持ち主、ご本人様であるなら何も問題はありません」
まずい事態になりつつあることだけは、察知した。
「こ、これは娘のカードよ。娘の代わりに下ろしに来たの」
「本当にご家族かどうか、ご本人確認をさせてください。免許証や保険証など、身分を証明できるものを提示してください」
身分証明書を出せと再三言われ、松はしぶしぶ保険証を出した。
応対した年配の銀行員は、眉をひそめる。
「たしかに名字と前住所は同じですが、本当に娘さんから預かったのですか?」
「う、うそなんて言っていないわ!」
「……こちらのカードは紛失届と再発行手続きがされています。このままでは使うことができません。利用再開手続きはご本人様にしかできませんのでご容赦ください」
「使えない!? そんなの困るわ! 再発行だかなんだか知らないけど、キャッシュカードには変わりないでしょ。なんでだめなのよ」
「規則ですので」
どれだけ食い下がってもお金をおろさせてはもらえず、へたをすると警察を呼ばれかねない。思うようにならず、頭に血がのぼったまま松は家に帰った。
こんな形で恥をかかされたのなんて、初めてだ。銀行員も警備員も松のことを泥棒を見るような目で見ていて、神経を逆撫でした。
「くっそ、紛失届ってなんだよあのバカ!」
静を追い出してもキャッシュカードが手元にあるから、静の金は今後も使い放題だと思っていたのに、裏切られた。
このカードはただのプラスチック板に成り果てた。
いつも松とキララの言いなりだった静が、こんなことをできるわけがない。
優一がそそのかしたんじゃないか。なんて考えが頭の隅をかすめた。
静の金を独り占めにするために。
こたつで寝転がっていたキララが目線だけ松に向ける。
「お母さん、お金おろせなかったの?」
「そうよ。よくわからないけど、このカードはもう使えないって。キララちゃんの彼は資産家なんでしょ。キララちゃんが頼めば十万くらい援助してくれるんじゃない? 頼んでみてよ」
「……そう言われてみればそうよね。でも先週母親が体調を崩して入院したって言ってたしぃ」
キララはスマホを操作してメッセージを打ち込む。
じっと期待を込めて画面と見つめていたけれど、メッセージ受信音がして、表情が一瞬で曇った。
「え、なんで!?」
「どうしたのキララちゃん」
松の声が聞こえていないのか、キララは画面を何度もタップして焦る。
「君とは結婚できない、さようならって……なんでよジョージ。アタシたち愛し合っていたんじゃなかったの!?」
「えええ!?」
キララの手元にはジョージとのメッセージ履歴が残っている。
『老い先短い人より婚約者のアタシのためにお金を使ってよ。百万ちょうだい、何千万も稼いでいるならはした金でしょう?』
そんな人とおもわなかった。君とは結婚できない、というジョージのメッセージを最後に【今後このユーザにメッセージを送ることはできません】という太文字で終わっている。
「ブロックされちゃった。アタシ、助けてって言っただけなのに、ひどいよ。愛してるって言ったのに! バカ!!」
怒りに任せて、キララはスマホを壁に投げつけた。バキンと音を立てて画面が割れる。
松とキララに残されたのは、お金がないという現実だけ。
静とも優一とも連絡が取れない。
「お、落ち着いてキララちゃん」
「うっさい。あんたがジョージから金をとれって言わなかったら振られなかったんだ! 責任取れ!」
「そいつの心が狭かっただけでしょ。そんなことより静たちを探さないと」
「知るかよ。どうせジジイあたりが匿ってるんじゃないの? あいつアタシたちには口うるさかったけど優一にはいい顔してたし。もしくは伯母さんも優一とグルとか?」
キララは自棄になって吐き捨てた。
振られたのは母親のせいで、自分は悪くないと叫ぶ。
松の姉は、優一の前妻を家政婦としてこき使っていた。静を家政婦にして、逃げ道を塞ぐために携帯電話を没収したというのは可能性としてゼロではない。
電話をかけると、間髪入れず怒鳴ってきた。
『ちょっと松! 優一と全然連絡がつかないんだけど。教えなさい!』
「は? 知らないわよ。こっちが知りたいわよ! あいつらの居場所、姉さんが知ってるんじゃないの!?」
『なに、どういうこと? そっちにも何も言わずに消えたってこと?』
通話が終わり、いくつもの違和感が浮かんでは消える。
静たちの行く先はわからないが、金が必要だということだけはわかる。金がないと困る。
「ああ、そうだ。静のバイト先に行って、現金で渡してもらえばいいんじゃない。あたしはなんて冴えているのかしら」
思い立って、松は両手を叩く。
静はとっくにバイトをやめていて給料を現金で受け取っているなんて、知る由もなかった。
静から金を取れないまま帰路についた。
引越し先を聞こうと静の携帯にかけたのに、『この電話番号は現在使われていません』のアナウンスが流れるだけ。優一の電話番号も、同じく使われていないというアナウンスが流れた。
二人とも携帯を解約したとでもいうのだろうか。
百万円寄越してきたとき、優一は静を家政婦として使いたい、と言っていた。
家政婦というのは嘘っぱちで、百万円回収できる見込みがあったからじゃないだろうかと勘ぐる。
顔はクソ親父によく似ているが、静は一応二十歳過ぎたばかりの女だ。
夜職……風俗なら月収百万なんて軽いと聞く。
月百万を独り占めするために、松とキララにばれないよう住まいを別のところに移したのか。
そう考えたら腸が煮えくりかえりそうだった。
食事処なんていう薄給なところでなく夜職をさせていたなら、松は毎月、今以上に遊んでいられたはずだ。
往復電車賃が出ていったせいで、手持ちの金は千円を切ってしまった。
結局、給料日当日。
朝食は家に残っていたレトルトカレーだ。レンチンご飯がなかったため、カレーしかない。
オシャレさの欠片もない非常食を食べることになって、キララは不満を爆発させた。
「ねー。なんでこんなしょぼいもん食べなきゃいけないわけ?」
「文句なら静と優一に言ってよ。行き先も言わずに引っ越しやがって」
玄関の郵便受けに溜まっていた手紙を回収して、居間のテーブルに投げつける。
こういう雑用も静の役目だったのに。
たまりにたまった郵便物の中に水道、ガス、電気料金の払込書が混じっていた。
公共料金だけじゃない。松とキララの携帯電話料金の請求書もきていた。
「はあ? お母さん、なによこれ。どういうこと?」
携帯電話料金も足せば、四万円超の請求書だ。
電気料金の支払期日まであと十日。
「引き落とし日に残額がなかったってことね。しかたない。行ってくるわ」
ため息を吐き、支払い用紙をバッグに詰めて銀行に向かった。
ATMに静の口座のカードを差し込むと、異変が起こった。
ATMコーナーにけたたましい警報音が鳴り響き、銀行員と警備員が集まった。
いつもどおりに金を引き出そうとしただけなのに、なぜこんなことになっているのか、松はうろたえる。
並んでいた客たちも驚いて、松と警備員を交互に見ている。
「な、なんなの。なに、あんたたち」
「すみませんお客様。少し、奥の部屋で話をしましょう」
「なんでよ。あたしはお金を下ろそうとしただけなのに」
文句を言っても聞き入れられず、別室に連れて行かれた。
「お客様。さきほどお客様が使用されたカードは紛失手続きがされているものです。……お客様のお名前が確認できるものをお持ちでしょうか」
「は? 紛失? どういうことよ!」
「お名前を確認させてください。あなたがそのキャッシュカードの持ち主、ご本人様であるなら何も問題はありません」
まずい事態になりつつあることだけは、察知した。
「こ、これは娘のカードよ。娘の代わりに下ろしに来たの」
「本当にご家族かどうか、ご本人確認をさせてください。免許証や保険証など、身分を証明できるものを提示してください」
身分証明書を出せと再三言われ、松はしぶしぶ保険証を出した。
応対した年配の銀行員は、眉をひそめる。
「たしかに名字と前住所は同じですが、本当に娘さんから預かったのですか?」
「う、うそなんて言っていないわ!」
「……こちらのカードは紛失届と再発行手続きがされています。このままでは使うことができません。利用再開手続きはご本人様にしかできませんのでご容赦ください」
「使えない!? そんなの困るわ! 再発行だかなんだか知らないけど、キャッシュカードには変わりないでしょ。なんでだめなのよ」
「規則ですので」
どれだけ食い下がってもお金をおろさせてはもらえず、へたをすると警察を呼ばれかねない。思うようにならず、頭に血がのぼったまま松は家に帰った。
こんな形で恥をかかされたのなんて、初めてだ。銀行員も警備員も松のことを泥棒を見るような目で見ていて、神経を逆撫でした。
「くっそ、紛失届ってなんだよあのバカ!」
静を追い出してもキャッシュカードが手元にあるから、静の金は今後も使い放題だと思っていたのに、裏切られた。
このカードはただのプラスチック板に成り果てた。
いつも松とキララの言いなりだった静が、こんなことをできるわけがない。
優一がそそのかしたんじゃないか。なんて考えが頭の隅をかすめた。
静の金を独り占めにするために。
こたつで寝転がっていたキララが目線だけ松に向ける。
「お母さん、お金おろせなかったの?」
「そうよ。よくわからないけど、このカードはもう使えないって。キララちゃんの彼は資産家なんでしょ。キララちゃんが頼めば十万くらい援助してくれるんじゃない? 頼んでみてよ」
「……そう言われてみればそうよね。でも先週母親が体調を崩して入院したって言ってたしぃ」
キララはスマホを操作してメッセージを打ち込む。
じっと期待を込めて画面と見つめていたけれど、メッセージ受信音がして、表情が一瞬で曇った。
「え、なんで!?」
「どうしたのキララちゃん」
松の声が聞こえていないのか、キララは画面を何度もタップして焦る。
「君とは結婚できない、さようならって……なんでよジョージ。アタシたち愛し合っていたんじゃなかったの!?」
「えええ!?」
キララの手元にはジョージとのメッセージ履歴が残っている。
『老い先短い人より婚約者のアタシのためにお金を使ってよ。百万ちょうだい、何千万も稼いでいるならはした金でしょう?』
そんな人とおもわなかった。君とは結婚できない、というジョージのメッセージを最後に【今後このユーザにメッセージを送ることはできません】という太文字で終わっている。
「ブロックされちゃった。アタシ、助けてって言っただけなのに、ひどいよ。愛してるって言ったのに! バカ!!」
怒りに任せて、キララはスマホを壁に投げつけた。バキンと音を立てて画面が割れる。
松とキララに残されたのは、お金がないという現実だけ。
静とも優一とも連絡が取れない。
「お、落ち着いてキララちゃん」
「うっさい。あんたがジョージから金をとれって言わなかったら振られなかったんだ! 責任取れ!」
「そいつの心が狭かっただけでしょ。そんなことより静たちを探さないと」
「知るかよ。どうせジジイあたりが匿ってるんじゃないの? あいつアタシたちには口うるさかったけど優一にはいい顔してたし。もしくは伯母さんも優一とグルとか?」
キララは自棄になって吐き捨てた。
振られたのは母親のせいで、自分は悪くないと叫ぶ。
松の姉は、優一の前妻を家政婦としてこき使っていた。静を家政婦にして、逃げ道を塞ぐために携帯電話を没収したというのは可能性としてゼロではない。
電話をかけると、間髪入れず怒鳴ってきた。
『ちょっと松! 優一と全然連絡がつかないんだけど。教えなさい!』
「は? 知らないわよ。こっちが知りたいわよ! あいつらの居場所、姉さんが知ってるんじゃないの!?」
『なに、どういうこと? そっちにも何も言わずに消えたってこと?』
通話が終わり、いくつもの違和感が浮かんでは消える。
静たちの行く先はわからないが、金が必要だということだけはわかる。金がないと困る。
「ああ、そうだ。静のバイト先に行って、現金で渡してもらえばいいんじゃない。あたしはなんて冴えているのかしら」
思い立って、松は両手を叩く。
静はとっくにバイトをやめていて給料を現金で受け取っているなんて、知る由もなかった。