マリオネットは契約結婚で愛を知る。

 優一は静と結婚してから、幸せだと感じることが増えた。
 同僚と受講生からは笑顔が増えたと言われるし、笑うようになったという自覚もある。
 夜には二人で映画鑑賞。静が贈ってくれたお茶を飲みながら、昔好きだったアニメの話など、たわいないことで盛り上がる。
 二人で笑いあっていると、親に大切にされていなかった悲しい過去を忘れられた。


 引っ越しを明日に控えた日。
 昼休みに休憩室で弁当を広げると、バンドに『午後もお仕事がんばってくださいね。』と書かれたメモが挟まれていた。
 おにぎりの具はほぐした鮭。おかずは照り焼きチキンにキンピラやキュウリの浅漬け。どれもとても美味しい。
 昼食を買いに出ていた同僚の鳩羽が学校そばにあるベーカリーの袋を手に戻ってきた。

「あ、いいなあ四ノ宮さん。今日も奥さんの手作りですか。匂いだけで美味しいのわかる」
「そうなんです。静ちゃんの料理はすごく美味しいから、家でもつい食べ過ぎちゃうんですよね」
「くー。独り身の俺相手にさらっとのろけるなんて悪魔か! 俺も早く結婚したいよー。弁当を作ってくれる素敵奥様がほしいよー。兄貴が毎日自分の嫁と子供の写真を送ってくるから、結婚願望めっちゃ高まってるのに相手がいないんだ」

 鳩羽はベーカリーの看板娘に一目惚れして以来、毎日昼はパンを買いにいって密かにアピールしているらしいが、娘さんにはまだ気づいてもらえてないようだ。毎日パンを食べながら「今日もだめだった」と嘆いている。

「なんで俺の熱い気持ち、気づいてもらえないんだろう。こんなに毎日パンを買っているのに」
「え、まさかそれが鳩羽さんの言っていたアピール?」

 それはただの常連客で、好きだと気づいてほしいなんて無理な話だ。
 オフィス街だと常連客なんて何人もいるだろうから、現状が続くなら鳩羽の思いが届くことはまずなさそうだ。
 顔に出てしまっていたようで、鳩羽がむくれる。

「うぅ……な、なんですその顔は。四ノ宮さん、そんな料理上手の奥さんのハートを射止めたのなら、さぞ素敵なプロポーズをしたんでしょうね。教えてくださいよ、どうすれば好きな人に振り向いてもらえるか」

 プロポーズなんてなかったし、実は毒親から逃げるためにした形だけの結婚だ、なんて口に出せるわけがない。
 事情が事情だから、乙女のあこがれであろう婚約指輪や結婚指輪すら買ってあげられていない。
 人の恋愛事情にアドバイスできる立場じゃない。
 かといって雑な嘘をつくとあとで自分の首を絞めることになりそうだ。
 帰ったら、表向きのプロポーズの中身などを静と話して決めよう。口裏を合わせないとボロが出る。

 静には嘘をつかせてしまうことになるのが、心苦しい。
 好きでない男と形だけの結婚をしたのに、表向きは愛し合って夫婦になったんですと言わないといけない。
 いつか静に本当に好きな人ができたとき、この契約結婚が障害になってしまわないか。罪悪感が胸におしよせる。

 今日のところは笑顔でごまかす。

「プロポーズは僕達にとってとても大事なものだから、ナイショです」
「ひどい! 少しくらい幸せ分けてくれたっていいじゃないですか。罰としてその照り焼きは俺がもらいます!」

 大切に取っておいた最後の照り焼きチキンが、鳩羽の手にさらわれていった。
 
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