マリオネットは契約結婚で愛を知る。
正月五日目。
キララは友だちが一年ぶりに帰省したから、一緒にカラオケに来た。
フリータイムで思いつく限りの流行りの曲をいれて、好きなドリンクを飲みながら近況報告をする。
「へへへ。わたし、先週の同窓会で同じ部活だった先輩と再会したんだ。さらにかっこよくなっていて惚れ直しちゃった」
そう言ったのは高校でキララと同じクラスだったユカ。だんご鼻で下膨れ顔のブサイク。流行りの服を着ても似合わなくて、それに気づいていないのが痛い。これで服屋の販売員らしい。
「へえ。でもそいつ、どうせそこらの大したことない会社に就職したんでしょ。将来性ないわよ」
キララは鼻で笑う。聞いたところによるとその先輩は三流大学の卒。稼ぎは期待できない。
「私はまだなにも報告できそうなことはないよ。そういうキララちゃんは?」
麦茶に口をつけながら言うのは、一つ年下の幼馴染みのチコ。物心ついたときから実家の隣に住んでいるから、静とも顔なじみだ。昔から地味でおどおどしていていつも自信なさげだった。
今は湯河原で事務員をしているらしい。見た目だけでなく仕事もパッとしない可哀想な女。
キララは満を持して、自分の婚約者を自慢する。
「アタシの彼氏はロスに住んでいる日系アメリカ人。つまりハーフ。超かっこいい上に投資家なの。エンスタでアタシのアップした写真気に入ってくれたみたいで、DMしてきてね。そこからトントン拍子で遠恋が……」
負けた、と思ったのかユカとチコの表情がひきつった。どんな人か写真見せて、会わせて、と食いついてくれるのを予想していたのに、ふたりは顔を見合わせて眉をよせている。
「そ、それって……大丈夫?」
「遠恋がってこと? アタシの愛は本物だから、大丈夫よ。それともアンタ、割って入るつもり?」
よくいるもろい遠距離恋愛は、東京から北海道くらいの距離でも続かずサヨウナラ。
けれどキララの愛は違う。海の向こうの国だって関係なく結ばれている。
キララが自身満々に答えると、チコはポンと手を打って、わざとらしいくらい明るい調子で聞いてくる。
「あ、あー! ……そ、そういえば静ちゃんは? 挨拶に行ったのにいなかったから、心配になっちゃって」
いまはキララの素晴らしい彼氏の話をしているのに、なんでできそこないの静の話題をふってくるのか。ここは彼氏について根掘り葉掘り聞くタイミングであって、静のことを話すタイミングじゃない。
ほんとうに、チコは昔から空気が読めない地味子だ。
短く舌打ちしてアイスコーヒーを飲み干し、キララは嗤 う。
「ああ、アレ? 従兄が『百万円やるから静をよこせ』って言っていたからくれてやったわ。家政婦みたいにこき使える嫁がほしいんだって。静は今頃泣きながら家事炊事に追われているわ」
キララが友だちに囲まれて楽しく遊んでいるとき、キャンパスライフを謳歌しているとき、静は働きアリのごとく使い倒されているのだ。
それにバカで容量が悪いから、あと数日すれば優一に役立たずの烙印を押されて戻ってくる。
キララと母は可哀想な出戻り妹を家に入れてやる。
これからもずっと、静の稼ぎは母とキララのために使われていく。
「静なんかの話はいいわ。アタシは彼といずれ結婚式をするから、友だちのよしみでユカとチコも呼んであげるわね。彼の知り合いも医者とかパイロットとか、稼いでいる人が多いの。モテないあなたたちにも幸せのおすそ分けをしてあげるわ」
チコが、青い顔になって沈黙した。暖房がきいた室内なのに震えている。
「…………ごめんキララちゃん。私、お母さんに買い出しを頼まれていたの思い出したから帰るね。うめあわせはいつかするから。ハーフの彼とお幸せに」
混んでいるとはいえフリータイムだからあと三時間はいられるのに。室料をテーブルに置いていったから、まあよしとした。
チコが出ていってすぐ、ユカも会社に急な仕事で呼び出されて帰ってしまった。
せっかくきたのだから、キララは最後まで好きな曲をたくさん入れる。
ラブソングを歌っている途中、スマホが震え新たなメッセージが来たことを通知する。
愛しの彼……ジョージからのメッセージだった。
現在二十九歳のバツイチ。
日系だけど二十五になるまでほとんどアメリカやイギリスで暮らしていたから日本語が苦手だということで、翻訳アプリを使ったメッセージ。ちょっと間抜けな言い回しになっているところもあるけれど意味は伝わる。
まだ会ったことはないけれど、送ってくれた写真はハリウッド映画にでてきそうな金髪イケメンだった。
『わたしは好きだよキララが、はやく一緒に暮らせるようになりたいね』
『キララもジョージが大好きだよ。愛してる』
メッセージを返して、口角を上げる。
キララはいま、ユカよりも智子よりも、ずっと幸せな道を歩いている。
静が先に結婚することにはなったけれど、従兄の優一なんて特別頭がいいわけではないし、顔も凡庸だし、浮気してたったひと月で離婚されるようなダメ人間だ。静も離婚するのは時間の問題。
ジョージは資産家だから、結婚式には間違いなく数百万かけてくれる。
モデルが着ているような極上のウェディングドレスを着て、結婚指輪も大きなダイヤのついた指輪をもらう。
捨てられた可哀想な静を結婚式に招待してあげたらどんなに楽しいだろうか、キララはそんな未来を想像してひとり、笑い続けた。
キララは友だちが一年ぶりに帰省したから、一緒にカラオケに来た。
フリータイムで思いつく限りの流行りの曲をいれて、好きなドリンクを飲みながら近況報告をする。
「へへへ。わたし、先週の同窓会で同じ部活だった先輩と再会したんだ。さらにかっこよくなっていて惚れ直しちゃった」
そう言ったのは高校でキララと同じクラスだったユカ。だんご鼻で下膨れ顔のブサイク。流行りの服を着ても似合わなくて、それに気づいていないのが痛い。これで服屋の販売員らしい。
「へえ。でもそいつ、どうせそこらの大したことない会社に就職したんでしょ。将来性ないわよ」
キララは鼻で笑う。聞いたところによるとその先輩は三流大学の卒。稼ぎは期待できない。
「私はまだなにも報告できそうなことはないよ。そういうキララちゃんは?」
麦茶に口をつけながら言うのは、一つ年下の幼馴染みのチコ。物心ついたときから実家の隣に住んでいるから、静とも顔なじみだ。昔から地味でおどおどしていていつも自信なさげだった。
今は湯河原で事務員をしているらしい。見た目だけでなく仕事もパッとしない可哀想な女。
キララは満を持して、自分の婚約者を自慢する。
「アタシの彼氏はロスに住んでいる日系アメリカ人。つまりハーフ。超かっこいい上に投資家なの。エンスタでアタシのアップした写真気に入ってくれたみたいで、DMしてきてね。そこからトントン拍子で遠恋が……」
負けた、と思ったのかユカとチコの表情がひきつった。どんな人か写真見せて、会わせて、と食いついてくれるのを予想していたのに、ふたりは顔を見合わせて眉をよせている。
「そ、それって……大丈夫?」
「遠恋がってこと? アタシの愛は本物だから、大丈夫よ。それともアンタ、割って入るつもり?」
よくいるもろい遠距離恋愛は、東京から北海道くらいの距離でも続かずサヨウナラ。
けれどキララの愛は違う。海の向こうの国だって関係なく結ばれている。
キララが自身満々に答えると、チコはポンと手を打って、わざとらしいくらい明るい調子で聞いてくる。
「あ、あー! ……そ、そういえば静ちゃんは? 挨拶に行ったのにいなかったから、心配になっちゃって」
いまはキララの素晴らしい彼氏の話をしているのに、なんでできそこないの静の話題をふってくるのか。ここは彼氏について根掘り葉掘り聞くタイミングであって、静のことを話すタイミングじゃない。
ほんとうに、チコは昔から空気が読めない地味子だ。
短く舌打ちしてアイスコーヒーを飲み干し、キララは
「ああ、アレ? 従兄が『百万円やるから静をよこせ』って言っていたからくれてやったわ。家政婦みたいにこき使える嫁がほしいんだって。静は今頃泣きながら家事炊事に追われているわ」
キララが友だちに囲まれて楽しく遊んでいるとき、キャンパスライフを謳歌しているとき、静は働きアリのごとく使い倒されているのだ。
それにバカで容量が悪いから、あと数日すれば優一に役立たずの烙印を押されて戻ってくる。
キララと母は可哀想な出戻り妹を家に入れてやる。
これからもずっと、静の稼ぎは母とキララのために使われていく。
「静なんかの話はいいわ。アタシは彼といずれ結婚式をするから、友だちのよしみでユカとチコも呼んであげるわね。彼の知り合いも医者とかパイロットとか、稼いでいる人が多いの。モテないあなたたちにも幸せのおすそ分けをしてあげるわ」
チコが、青い顔になって沈黙した。暖房がきいた室内なのに震えている。
「…………ごめんキララちゃん。私、お母さんに買い出しを頼まれていたの思い出したから帰るね。うめあわせはいつかするから。ハーフの彼とお幸せに」
混んでいるとはいえフリータイムだからあと三時間はいられるのに。室料をテーブルに置いていったから、まあよしとした。
チコが出ていってすぐ、ユカも会社に急な仕事で呼び出されて帰ってしまった。
せっかくきたのだから、キララは最後まで好きな曲をたくさん入れる。
ラブソングを歌っている途中、スマホが震え新たなメッセージが来たことを通知する。
愛しの彼……ジョージからのメッセージだった。
現在二十九歳のバツイチ。
日系だけど二十五になるまでほとんどアメリカやイギリスで暮らしていたから日本語が苦手だということで、翻訳アプリを使ったメッセージ。ちょっと間抜けな言い回しになっているところもあるけれど意味は伝わる。
まだ会ったことはないけれど、送ってくれた写真はハリウッド映画にでてきそうな金髪イケメンだった。
『わたしは好きだよキララが、はやく一緒に暮らせるようになりたいね』
『キララもジョージが大好きだよ。愛してる』
メッセージを返して、口角を上げる。
キララはいま、ユカよりも智子よりも、ずっと幸せな道を歩いている。
静が先に結婚することにはなったけれど、従兄の優一なんて特別頭がいいわけではないし、顔も凡庸だし、浮気してたったひと月で離婚されるようなダメ人間だ。静も離婚するのは時間の問題。
ジョージは資産家だから、結婚式には間違いなく数百万かけてくれる。
モデルが着ているような極上のウェディングドレスを着て、結婚指輪も大きなダイヤのついた指輪をもらう。
捨てられた可哀想な静を結婚式に招待してあげたらどんなに楽しいだろうか、キララはそんな未来を想像してひとり、笑い続けた。