ひとひらの思い出
十一月終わりの日曜日。
初斗 は妻のネルにねだられて、紅葉狩りに出かけた。
秋の鎌倉市は紅葉スポットが多い。
その中でも、自宅からあまり離れていない場所を選んだ。ネルはあまり体が丈夫ではないから、遠出ははばかられた。
江ノ電の長谷 駅からほど近い寺は、木々が赤や黄にグラデーションしている。
ネルがきつね色のポンチョをひるがえして、舞い落ちる木の葉を追いかける。
ジャンプして木の葉を掴もうとするネルの横を、老夫婦が微笑んで通りすぎる。
「初斗にいさん、紅葉きれいだね」
「ネルさん。ちゃんと足元を見ないと転びますよ」
初斗とネルははとこ 。元々ネルは初斗をにいさんと呼んでいた。
結婚してからも長年のクセが抜けなくて、にいさん、と呼んでしまう。
頭の上に結ったツインシニヨンに、はらりと一枚イチョウの葉がくっついた。
髪飾りみたいになっていて、きつね色のポンチョと相まって黄が映える。
「髪にくっついてますよ。ほら」
初斗がネルの髪についたイチョウの葉をつまんでネルに見せると、ネルは初斗を見上げて笑う。
「にいさん。ちょっと屈んで」
「はい?」
身長差が二十センチはあるから、初斗は言われるまま膝を折る。
ネルはすっと初斗の帽子に手を伸ばして、イチョウの葉を飾りの部分にさした。
「似合う」
「ほめられているんですかね?」
「うん」
そのあともネルは足元に落ちている葉を見て、好みの色づき方をしているものを拾っては初斗の帽子にくっつけていく。
三十分もするころには、頭の上がカラフルになっていた。
施設内にあるカフェでホット紅茶を飲みながら、初斗は帽子を持って笑う。
「子どものとき、わたしも似たようなことをして父さんに怒られたのを思い出しました」
「そうなの?」
「そうなんです」
初斗が幼稚園児だった頃、一度だけ、両親と初斗、兄の四人で紅葉狩りをした。
当時は東京に住んでいたから、行ったのはこの寺ではなかったけれど。
気に入った木の葉をありったけ集めてリュックに詰めたら父に「そんなゴミ持ち帰るな」と引っぱたかれた。
あとで母がこっそり、初斗が集めた葉のうち一枚を栞にして取っておいてくれた。
その時の栞は、三十年以上経った今でも使っている。
木々を見上げて、初斗はつぶやく。
「子どもが生まれたら、もう一度来ましょうか」
「うん。そうしよ。えへへ、楽しみだなぁ」
数年後、約束通り初斗とネルは娘を連れて紅葉狩りをする。
娘は無邪気に木の葉を追う。
数年前のネルのように。
幼い日の初斗のように。
END
秋の鎌倉市は紅葉スポットが多い。
その中でも、自宅からあまり離れていない場所を選んだ。ネルはあまり体が丈夫ではないから、遠出ははばかられた。
江ノ電の
ネルがきつね色のポンチョをひるがえして、舞い落ちる木の葉を追いかける。
ジャンプして木の葉を掴もうとするネルの横を、老夫婦が微笑んで通りすぎる。
「初斗にいさん、紅葉きれいだね」
「ネルさん。ちゃんと足元を見ないと転びますよ」
初斗とネルは
結婚してからも長年のクセが抜けなくて、にいさん、と呼んでしまう。
頭の上に結ったツインシニヨンに、はらりと一枚イチョウの葉がくっついた。
髪飾りみたいになっていて、きつね色のポンチョと相まって黄が映える。
「髪にくっついてますよ。ほら」
初斗がネルの髪についたイチョウの葉をつまんでネルに見せると、ネルは初斗を見上げて笑う。
「にいさん。ちょっと屈んで」
「はい?」
身長差が二十センチはあるから、初斗は言われるまま膝を折る。
ネルはすっと初斗の帽子に手を伸ばして、イチョウの葉を飾りの部分にさした。
「似合う」
「ほめられているんですかね?」
「うん」
そのあともネルは足元に落ちている葉を見て、好みの色づき方をしているものを拾っては初斗の帽子にくっつけていく。
三十分もするころには、頭の上がカラフルになっていた。
施設内にあるカフェでホット紅茶を飲みながら、初斗は帽子を持って笑う。
「子どものとき、わたしも似たようなことをして父さんに怒られたのを思い出しました」
「そうなの?」
「そうなんです」
初斗が幼稚園児だった頃、一度だけ、両親と初斗、兄の四人で紅葉狩りをした。
当時は東京に住んでいたから、行ったのはこの寺ではなかったけれど。
気に入った木の葉をありったけ集めてリュックに詰めたら父に「そんなゴミ持ち帰るな」と引っぱたかれた。
あとで母がこっそり、初斗が集めた葉のうち一枚を栞にして取っておいてくれた。
その時の栞は、三十年以上経った今でも使っている。
木々を見上げて、初斗はつぶやく。
「子どもが生まれたら、もう一度来ましょうか」
「うん。そうしよ。えへへ、楽しみだなぁ」
数年後、約束通り初斗とネルは娘を連れて紅葉狩りをする。
娘は無邪気に木の葉を追う。
数年前のネルのように。
幼い日の初斗のように。
END
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