六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

「登呂さんや。昨日は見て回る時間がねかったろ。今日はおれが村を案内しちゃるて」

 トメさんが腰を上げるのを、ケンが制しました。

「大家のばーちゃん、村の案内なら俺とショウがやる! な、いーだろ!」
「うん! ぼくたちに任せてよ大家のばーちゃん!」
「二人で案内してくれるのか。助かるのぅ」

この国を統治するなら、まず地の利を得ておくのは必要なこと。
 トメさんがリュウを預かってくれるというので、魔王は子どもたちに案内してもらうことにしました。

「ワン!」

 ケルベロスもついてくる気まんまんです。

「トロさん、わんこの散歩もするなら、リードで繋がないとだめだよ」
「くぅぅん?」

 ショウに言われたことの意味がわからず、ケルベロスは座ったまま尻尾をパタパタさせます。

「リード?」
「そっか。トロはきおくがないからわからないんだな。うちのポチ郎のリード、使ってないやつがあるから持ってきてやるよ」

 ケンが家までひとっ走りして、リードを持ってきてくれました。
 リード、つまり鎖のついた首輪です。

『なんてひどいことを!! 魔王さまの右腕と名高い魔犬ケルベロスを鎖で繋ぐだと!?』
「うーん。ほんとうによく喋るインコだねぇ」

 爺やは怒り心頭。けれどただのインコなので何もできません。
 ケルベロスはなすすべもなく首輪をつけられてしまいました。

「ほらトロ。これ持って」
「ぬぅ……この世界の掟なら仕方あるまい」

 魔王が人のふりをして暮らす以上、ケルベロスも犬として暮らさなければなりません。おとなしくリードをつけることにしました。



 ケンを先頭にして、その後ろにショウ、最後尾は魔王。
 一列になって農道を行きます。道の脇は雑草はケンとショウの姿が見えないくらいの高さにのびのびと育っています。白い蝶が三人を追い抜いていく。
 ケンは遠くを指差して魔王を見上げます。

「ーーで、あそこの赤い屋根が雑貨屋。俺の父ちゃんと母ちゃんがやってんだ。鉛筆とかゴミ袋とか売ってる。あっちのでかい建物は農協で、野良ネコの親子が住み着いてるんだ」

「そっちに行くと診療所があるよ。ぼくのおじいちゃんが先生をしてるんだ。隣に郵便局があるよ」
「ふむふむ」

 案内すると自分たちから言い出しただけあって、子どもたちは集落のことを熟知していました。
 どこの家の柿の木が一番美味しい柿が実るか、なんていうおまけ情報もついてきます。

 ケルベロスも村の散策が楽しいようで、ご満悦で尻尾を振っています。

「どうだ。トロ。なんか思い出したか?」

 魔王は首を横に振ります。思い出すも何も、この世界に来たばかりなのでここでの過去などありません。

「そっかー。もっと色々見たら思い出すかもな。俺さ、トロは寿司屋か魚屋の人だと思うんだ。魚の名前だし」
「トロさん、お寿司食べたら思い出すかもしれないよ。今度ママにおいなりさん作ってもらって持ってくね」
「すまんのう」

 道案内は二時間程度でしたが、アパートから歩ける範囲を把握できるくらいになりました。



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