六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 トメさんが「きっとご飯の作り方もわからなくなっているだろうから」と気を利かせ、夕飯を作ってくれていました。
 大家管理室の食卓には焼き魚と浅漬け、白いご飯、お味噌汁が並んでいます。

「遠慮なく食べなせや」
「おお、すまんのう」

 見よう見真似で座布団に正座して並んだものを眺めます。
 トメさんが「いただきます」と両手を合わせて食べ始めたので、それが人間たちの食事の作法だと思って真似ます。
 人間の中に溶け込むためには人間のふりをしなければなりません。

 ドラゴンだった時のように前足で掴んでかぶりついたら怒られてしまいます。

 トメさんが当たり前のように箸という棒切れ二本を持ってご飯を食べているのですが、魔王さまは見ただけでは正しい持ち方が分かりません。

「うう、箸の持ち方も忘れちまったのかい。気がまわらんで悪かった。思い出すまではフォークとスプーンにしような」

 説明が面倒なので、そういうことにしておこうと思って、魔王は用意してもらったスプーンで白米をすくい、味噌汁をすすります。
 生の動物に食らいついてばかりいたので料理というものを食べるのも初めてですが、生肉にはない塩気や甘味、複雑な味わいが舌に広がりました。

「おお、うまいのう」
「嬉しいねぇ。それは音成おとなりさんちの米でな。浅漬けのキャベツはおれちの畑で採れたがんらよ」

 浅漬けという緑の葉物も良い塩加減で、魔王はご飯にのせて美味しくいただきました。

 ケルベロスもカツオブシを混ぜたご飯をもらって、尻尾を振りながら勢いよく食べています。

『待ってください魔王さまああああ! 納得いきません、なぜ爺が檻に閉じ込められなければならんのですか! やはり人間は我らを嵌めて魔王さまを害するつもりでは。手懐けられるなケルベロス!』

 爺やは、鳥かごの中。ペットのインコが逃げたら大変だから、とアパートの向かいに住む向井《むかい》のおじさんが、余っている鳥カゴをくれたのです。

 爺やの悲鳴を聞いているのかいないのかケルベロスはねこまんまを完食しました。

「登呂さんの飼っちょるインコはえらいよう喋るのう。向井さんとこのオウムも喋るけど、『この紋所が目に入らぬかー』『ドナタトココロエルー』『やっておしまいなさい』くらいしか言わんのよ」
『誇り高きサンダーバードのわたしをペットなどと一緒にするなぁアアアッ!』

 愛玩動物と同じレベルの扱いをされ、爺やは泣きながら餌箱に入れられた雑穀を食べるのでした。

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