六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

  東京から新幹線を乗り継いで、鈍行の電車でさらに一時間近くかかるような田舎の中の田舎、キングオブ田舎、のどか村。

 のどか村で起きた一番大きな事件といえば、『台風の日に町内会長のカツラが吹っ飛んだ』くらいでした。
 そんな田舎の駐在巡査、じゅんは、赴任して十五年。初めて事件らしい事件で出動しました。

 農家のおばあさんたちが、「赤ちゃんを抱えた全裸の男があらわれた」と訴えるのです。
 全員が同じ白昼夢でも見たんじゃないかと思いながら、引きずられるようにして、村はずれの畑に向かいました。

 そこにいたのは確かに、全裸の男。頭からバケツの水をかぶったようにぐしょぬれ。そして新生児と思われる子を抱えています。
 男の傍に付き従うようにいる柴犬とオカメインコ。
 警察がきたというのに、男は慌てて逃げるような様子もありません。

 それどころか嬉しそうに破顔しました。

「おお、もしやお主ならコヤツの育て方を知っておるのか。泣き声がする箱が川を流れておっての。引き上げたらコヤツが入っておったから儂が育てようと思ったのだ」
「そ、そう、ですか。まずお名前と連絡先をお願いできますか」
「※※※※」

 全く知らない外国語らしき言葉が出てきて、かろうじて聞き取れたのがトロでした。
 一瞬、順の脳裏には学生時代ハマった、ネコやウサギに言葉を教えるゲームの白ネコが浮かびました。
 変な言葉教えて遊んだなぁなんて思考があらぬ方向に飛んでいきます。

 次に思い浮かんだのは静岡の登呂とろ。多分名字で、そっちが正解でしょう。

「登呂さん。生年月日は」
「わからん」
「どこにお住まいですか」
「わからん」
「家族と連絡のつく電話番号は」
「あいにく、家族はおらんでの」

 登呂の言葉が正しいなら、登呂は川に飛び込んで、流されていた赤ちゃんを助けた?
 服を着ていないのも、水のなかで動くのに邪魔だから脱いだのでしょう。そして飛び込んだ時に頭でも打って、一時的に個人情報を忘れてしまったのでは。
 覚えているのは登呂という名字と、家族がこの世にいないことだけ。

 ここにいるみんなが、胸打たれました。

「ばさまがた、この人は捨てられていた赤ちゃんを助けたようだ。ーーお兄さん、赤ちゃんを診ることができる人を探していたんだろ?」
「そうだな。メシと、他に必要があれば任せる」


 登呂はなんとも変わった喋り方をする男ですが、悪人ではないようです。
 目の前にいたおばあさんに赤ちゃんを任せているし、順の話も素直に聞きます。

「思い出せる範囲で構いません。その子をどこで拾ったか、後程詳しく話を聞かせてもらいたい。子どもを流した人を探さないといけない。あなたのことも仲間に連絡しておきますので、何か思い出すことがあればご連絡を」
「そうだのう」

 事情を聞いて、ばあさまたちも警戒が薄れました。一人が善意で提案します。

「登呂さん。あんたも、そのままじゃ風邪ひいちまうだろ。おらのセガレが着ていた服が残ってるすけ、おらちくるとええ」
「服を着た方がいいのか」
「そんかっこは見ている方がさみい」
「ふむ。儂は特に寒くないのだが、儂が着ないことでお主らが寒くなるなら着よう」

 マオサマサスガ! とオカメインコが鳴き、同意するように犬が吠えます。
 こうして、のどか村に、登呂さんがやってきたのです。

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(・ω・*) (うぬぅ。儂はトロでなくバルトロメウスなのだが、まあいいか)


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