六畳一間の魔王さまの日本侵略日記
「ここがユーシャのいる世界ですのね……」
魔王とユーシャが飛ばされてきた林に、十才に満たないくらいの女の子が現れました。
ユーシャと同じ緑色の髪を二本の三つ編みにしています。
ユーシャの反応も魔王の反応も消えないまま時が過ぎ。
異界ではユーシャが人質となったか、もしくは魔王のもとにくだったかのではないかと噂されるようになっていました。
ユーシャの姉マージョ・サンはユーシャの現状を探るために世界を渡ってきたのです。
ユーシャが囚われたなら助け出し、ともに魔王を倒すようにと。
林を出ると、畑と農村がありました。
何人もの人間が緑と黒のシマシマ模様の野菜を収穫しています。
「あら、建物の造りは違えど人間が暮らしているわ。なんだかとっても平和そう。とりあえずこの辺りは魔王の脅威には晒されていないのね」
マージョはひとりごちながら、畑に近づきます。翻訳スキルがあるので、こちらでも会話はできると踏みました。
「こんにちは、おばあさま。ちょっと聞いてもよろしいかしら」
「あんれまぁ、めんこい娘っ子ら。どうしたん。このへんじゃみねぇ顔らな。友だちとはぐれたんらか?」
人の良さそうなおばあさんが答えてくれました。
「う〜ん。お友だちではないのだけど、わたくしの弟を見なかったかしら。ユーシャというの」
「すまないねぇ、ここいらの子はだいたいあすこの公園で遊ぶんらが、あそこにいねぇんならわがらね」
弟はこの世界に遊びに来ているわけではないのですが、わからないと言われてしまったのなら仕方ありません。
公園にも人がいるなら、人から人へ聞いて回るしかなさそうです。
マージョは言われたとおりに公園へ向かいました。
五才かそこらの男の子が二人、箱を組み立ててなにかやっています。
「ねぇあなたたち。わたくしの弟を見ていませんこと? ユーシャというの」
「なんだ? ねーちゃん見ない顔だな。もしかしてスパイか? 俺たちの秘密基地はやらねーぞ」
勝ち気そうな男の子がおもちゃのビニール剣を片手に警戒しています。
もう一人の小柄な方の男の子が、勝気な子を制しました。
「待ってよケンちゃん。人探しみたいだよ。とりあえずおねーさんの話を聞いてみようよ」
「助かりますわ」
マージョは秘密基地《ダンボールハウス》にお邪魔して、魔王討伐に来たこと、弟を探していることを話します。
「すげー! よくわかんないけど、ねーちゃん俺たちと変わらないくらいちっちゃいのにでっかいドラゴンを倒すのか」
「ちゃっちゃいだなんて失礼ですわね。わたくしこれでも、二十五才です。国で指折りの魔法使いですのよ!」
子どもたちにわからせるために持ってきた魔法の杖を振ってみたけど、何も起こりません。
「あら!? どうして。魔法が使えない??」
「ぼく知ってる。杖から火が出るとか水が出るとか、そういうのって山ごもりしてすごいシュギョーしなきゃなんでしょ。アニメでやってた」
魔法がぜんぜん出てこないので、子どもたちから虚言だと思われています。
「ち、違うんですの。こんなはずじゃ……」
もしかしてユーシャが魔王を倒せていないのも、無力化されているからでは。
頭がいいので、マージョはすぐに察しました。
「コホン。と、とにかく。はやく弟を探さないと。見ていませんか」
「おねーさんの弟ではないかもしれないけど、おねーさんは小田にーちゃんのとこのユウさんと気が合いそうだよね。あの人もピコハン振り回して剣の修行だって言ってるし」
「俺もそう思う。ユウのとこに案内してやるよ。今日は家で店番してるから」
ピコハンを振り回すお兄さんとは。
マージョにはわからないけれど、もしかしたらその人が弟を知っているかもしれないので、案内をお願いしました。