六畳一間の魔王さまの日本侵略日記

 人々を恐怖に陥れた偉大なる魔王、バルトロメウス。
 巨大なドラゴンだった彼は今、どこかの林の中にいました。


「おぉ、なんと巨大な木々なのだ。儂よりずっと大きい。ここはどこなのだ」

 青白い肌に白髪、赤い目の青年が目の前のくすのきを見上げます。
 林の中とはいえ、一糸まとわぬスッポンポン。はたから見れば露出狂《ヘンタイ》。

 魔王は服など着ない|生き物《ドラゴン》だったので、羞恥のかけらすら抱いていません。

「魔王さま、世界が大きいのではありません。魔王さまが|小さき者《ニンゲン》に堕ちてしまわれたのです」
 
 男ーー魔王の側を飛んでいるオカメインコが言いました。

『うぬ、その声は爺《じい》や。サンダーバードだったお主がそのような愛玩動物になるとは。儂は疲れておるのかの』

 傍らの小さな柴犬が同意するように吠えました。

「もしや、ケルベロスか。お主もまこと小さくなったものよの」

 魔王と配下サンダーバード・ケルベロスは、義勇軍に敗れ、力を封じられた上で異界送りにされてしまったのです。

 ここはただの雑木林。目の前に川が流れている。
 どの世界の何という国なのかもわかりません。
 川を覗き込むと、爺やの言うとおり川面に映る魔王は人の姿でした。


「ううぬ、どうあがいてもドラゴンの姿に戻れぬ。人間の呪いか。……せめてここがどこか知りたいのう」
『魔王さま。そこに、本のようなものが落ちています。この地がどこかわかるかもしれません』
「でかした」

 魔王は落ちていた本を拾い、広げます。雨にぬれて乾きを繰り返したためしわくちゃになっていますが、読めないことはありません。
 魔王には翻訳スキルが備わっているので、簡単に読むことができます。

 表紙に【令和のイマドキふぁっしょん あの女優の美貌の秘訣!? 独占インタビュー、恋人は年の差20の彼氏】と書かれた雑誌のおかげで、だいたいのことは把握しました。

「爺、ケルベロス。ここは日本という国らしい。人間が支配する国だ。ここだけでなく、他の国も人間しかいないようだ」
『なんと、我らの仲間は……魔の民はどこに行ってしまったのでしょう』
「わからぬ。だがこの本を読むかぎり、この世界の人間には特別な力《スキル》はないらしい。ならば儂が人の姿となろうとも支配はたやすいかもしれぬ」

 魔王をこの世界に飛ばした人間たちは、魔法やスキルを持つ者たちでした。特別な力ある人間でも、万の軍勢となってようやく魔王を倒したのです。
 無力な人間なら、今の魔王でも渡り合えると確信しました。

「ふぎゃ、ぎゃぁ、ふぎゃー!」

 何やら泣き声のようなものが聞こえて、魔王はあたりを見回します。
 上流から流れてくる箱が泣いているのです。

 魔王は川に入り、その箱を回収しました。

 そこに入っていたのは人間の赤子。産まれて間もないようです。
 布にくるまれただけの状態で泣いていました。
 

『魔王さま、これは我らの敵、人間です。幼体であろうと油断してはなりませぬ』
「爺。メシも自分で確保できぬ幼体だ。儂らに危害を加えることはできぬだろう。決めたぞ、人間の幼体よ! キサマを儂《わし》の新たな幹部に加えてやろう。儂が直々に教育してくれるわ!」
『ホンキですか魔王さま!』
「本気も本気よ。コヤツを育て街に送り込めば人と交流するであろう。おのずと配下が増えようぞ」

 ワンワン! とケルベロスが吠える。

「おお、そうであろうケルベロス。お主にもわかるか。配下の配下、そしてさらにその配下と魔王軍の傘下に入るものが増えればいずれこの日本全土が儂の支配下になる。日本を支配したあとは別の国にも配下を送り込む。いずれこの星のすべて儂の支配下だ」
『そんな時間のかかることをせねばならぬとは、おいたわしや魔王さま』

 オカメインコと成り果ててしまった爺やは嘆きます。元の魔王なら、尾を振れば集落の一つや二つなぎ倒せました。
 それが人の姿となり、人の子を育てることになっているのです。

 それに、インコの姿では助言はできても手を貸すことはできない。
 ケルベロスに至ってはただの犬となり、言葉すら失ってしまった。

 この世界を支配できるのか先行き不安になるのでした。



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