一緒にオムライスを

 五年付き合った彼氏に振られて、死ぬしかないと思った。

 私は今年で三十歳。
 いつまでも結婚してくれなかった理由は至極簡単。
 奴は二股をかけていた。
 本命はもう一人の方。
 三年続いているらしい。

 本命ができたなら、その時点で私と別れてくれれば、傷は浅くて済んだのに。
 誕生日やクリスマス、私が贈ったものは全部換金して、本命とのデート費用にしていたというのだから殺意しか感じない。

 愛情など一欠片も残さず消え失せていた。


 仕事をサボり、電車を乗り継いで海に来た。
 海水浴シーズンにはまだ二月ほど早いから、浜辺には誰もいない。

 スマホがほんじつ十回目の着信を告げる。
 もう今日限りでおさらばなんだから、上司に怒鳴られようと関係ない。

 腹が立つくらいよく晴れた空のもと、砂浜に靴を置く。靴下も脱いで砂に足をつけると、ひんやりして気持ちがいい。


 ゆっくり歩いて海に入る。足の下の砂が波にさらわれ、ズルズル動く。
 一歩、また一歩と踏み出すと、目の前に何かが流れてきた。

 瓶だ。中に何かが入っている。

 自分の中に残っていた僅かな好奇心が、それを拾えと言っているように思えて……大きめのジャム瓶らしきものをつかまえた。

 筒状に巻かれた紙が見える。
 ハンカチで瓶と手を拭い、紙を取り出して広げる。


 日本語で書かれた手紙は、つたない可愛らしい文字でつづられている。


 ぼくはタイチです。ほっかいどうでくらしています。パパとママと、あとネコのミィがいます。

 このてがみをひろったひとがいたら、おともだちになりたいです。

 あなたはどんなひとですか。
 
 なにがすきですか。
 ぼくは、オムライスがすきです。
 ぼくのママがつくるオムライスはすごくおいしいから、いっしょにたべたいです。


 手紙の二枚目は、学校の先生が書いたプリントだった。
 小学一年生のクラス行事で、この手紙をみんなで流したらしい。
 日付は二十年前。
 少年の住所氏名も書いてある。


 手紙の主に、返事を書きたい。
 友だちになって、お母さんのオムライスを一緒に食べてみたい。


 会社に体調不良で休むと電話して、タクシーを呼ぶ。
 大きく伸びをして、空を見上げる。

 さぁ。文具屋でレターセットを買おう。今日の空のような青くてきれいなレターセットを。



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