ユーメシ! 〜ゲーム実況ユーチューバーの異世界メシテロ〜

 初めての無限ジョウロ販売は、ヴェヌスの露店通りで行うことになった。
 村長がアーティファクトをこの町に卸すにあたって元々露店の権利も持っていたから、それを使う。

 サイハテ村の無限ジョウロ販売所ヴェヌス支店。
 売り子は旅に出ていたメンバー。オレ、ナルシェ、ユーイさんとミミである。コトリさんは護衛でいたいと言って売り子を辞退した。

「市場には荒っぽい客が来ることもあるからな。だから私は護衛に徹しないといけないんだ。わかってくれるなキムラン殿?」って超早口で言うんだ。恥ずかしがりやですか。

 ユーイさんが店頭でお客様に声をかける。

「サイハテ村で作ったジョウロです。水くみの必要がないんですよ。いかがでしょう」
「ジョウロぉ? そんなもん要らんわ」
「ごめんなさいねー。間に合ってるわ」

 市場を歩く人たちは興味無しと言う感じで、そそくさと立ち去る。
 最初は元気に声をかけていたユーイさんだけど、ちょっと落ち込み気味だ。

「…呼び込みって思ったより難しいのね。糸紡ぎしかしてこなかったのを悔やむわ」
「しかたないよユーイさん。接客業初めてなんでしょ。慣れていくしかないって」

 初めてでこれだけ声を出せるなら、日本の接客業なら褒めてもらえると思う。スーパーだろうが100均だろうが、接客はハッキリして明るい声が第一だから。 

「い、いらっしゃい、ませー」

 いらっしゃいませ、がしりすぼみになっていくナルシェ。声が小さすぎて、市場の喧騒にかき消されていく。
 よーし。ここは大人のオレが手本にならねば。

「いらっしゃい! どうだいそこのお姉さん。無限ジョウロ買わない?」
「お姉さんって私のこと? 嬉しいこと言ってくれるわねお兄さん。無限ジョウロってなあに?」

 四十過ぎに見えるお姉さん(おばさんと呼んではいけない)が足を止めてくれた。
 ここからはミミの出番である。

「どんなものかは見て確かめるのが一番」
「わたしだ」

 木箱で作った簡易お立ち台にミミが乗り、無限ジョウロをドラえ○んみたいに掲げ持つ。
 1回横に持って、お姉さんに中を見えるようアピールする。水入ってないよってね。

「むげんじょうろー」

 足元には花の苗を植えた植木鉢。
 ジョウロで水をあげる。
 水はいつまでも途切れることなく苗に注がれていく。

「まあ!! 水を入れてないのに水が出てくるの……!? すごい」
「中に水魔法具を仕込んであるんです。ノーシスの魔法使い様に協力してもらって作りました」
「へぇ~。こんなものがあるのねぇ」
「木製だからお手入れも簡単だよー。買わない?」

 お姉さんが興味津々。ミミのパフォーマンスで、他にも何人か立ち止まってくれた。すごい、水がどんどんでてくる、と。
 お姉さんがナイスリアクションしてくれるのも良い客寄せになっている。

「魔法具が入っているならお高いんでしょう?」
「なんとこちら、4000リルです。鉄のジョウロが5000リル以上しますので、お買い求めやすくなっております」
「そうなのね。夫のお給料が入ったら買おうかしら」
「はい。いつでもお待ちしておりますー!」

 離れていくお姉さんを、絵顔でお見送りする。残念。やはり食品と違って、即決で買うには至らなかったか。

「ううーん。なかなか買ってもらえませんね。良い物なんですけど」
「仕事で農園やってる人は水を散布する魔法具を持っているだろうからねー。地道に宣伝して良さをわかってもらうのが一番だよ」
「そうですね。よし。僕も頑張らないと! いらっしゃいませー!!」

 ナルシェが両手で自分の頬を叩いて気合いをいれた。今度は最初なんて目じゃないくらい大きな声を出して呼び込む。

 出店して一時間、二時間。
 興味を持って立ち止まってくれる人、冷やかし、色々来るけれど買うには至っていない。
 日が傾き、そろそろ店じまいしようかという頃に、大人しそうなお姉さん(今度は本当にお姉さん)が店を見てくれた。

「これは井戸までお水を汲みにいかなくてもいいのね」
「ひとつ4000リル。おてごろだ。かうか」

 お立ち台で水やりを続けているミミをニコニコ笑顔で見て、財布を出す。

「うちのおじいちゃん、足を怪我をして以来あまり歩けなくて。一ついただけるかしら」
「ありがとうございます!!」

 お立ち台のミミ効果絶大。
 初日の売上は一つだけだったけれど、大きな一歩だ。
 村への帰路で、ユーイさんとナルシェは消沈気味だ。

「もっとガンガン売れると思っていたのになぁ。一個だけかー」
「アタシの宣伝が悪かったかな」
「そんなことないぞ二人とも。みんなで頑張って作ったじゃないか。私なら買うぞ」
「コトリは作るところも材料集めするところと見ていたからよ」

 ユーイさん、落ち込みながらも分析はさすがです。

「オレたちがどんな努力をして作ったかってところはあんまお客様には関係ないし興味ないだろうね。目の前にある完成形が全てだ。お客様にとって大事なのは使い勝手や、長く使えるか。そういう買ってから得られるメリットだから」
「キムランさんって普段はそうでもないけど、時々すごく核心を突くことを言いますよね」
「それ、褒められてる? それとも馬鹿にされてる?」

 普段はバカってのはよくわかった。悲しいかな、自覚があるから笑うしかない。

「いっこかってくれた、よかったな」
「そうだぞ。ミミ、お手柄! 一人でもお客様がつけば、そこから口コミで良さが広がる。良い物だってオレたちが知っている部分を伝えていけばわかってもらえるさ。明日も頑張ろうぜ!」
「そう、ですね」

 みんなで気持ちを新たに、翌日また露店を開く。

「いらっしゃい!」
「サイハテ村の無限ジョウロだよー!」
「魔法具を組み込んで水くみの必要なし、良い物だぞ!」

 今日はコトリさんも売り子に加わっている。実は、30個売れなかったらけんのしゅぎょうをやめて家に戻れとカズタカさんに言われてしまったらしい。
 恥ずかしがっている場合じゃないと腹をくくった。

 開店して一時間経った頃、昨日とは違う変化があった。

 昨日は検討するわねと露骨なオコトワリを言っていたおばさんたちが、何やら言いにくそうに口ごもりながら露店の前でうろつく。

「どうしたおばさん。わすれものか」

 ミミ、無自覚に煽っている。
  
「いえ、あの、その、お兄さん。お隣のジョーおじいさんが買ったらしくて、すごく良いって絶賛してて……だから、ええと」
「はい、もちろんですよ。お買い上げありがとうございまーーす!」

 それを皮切りに、また何人かが買いに来てくれる。

 こうして噂が噂を呼び、十日ヴェヌスで露店を開いて、オレたちの持ち分二十個が完売した。
 一ヶ月しないうちにファクターも村に来てくれた。

「スゴイね、完売したヨ! 増産しないのかって聞かれたから売れるよー!」

 カズタカさんに完売した旨の手紙を出し、記名した保証書写しも添えて送る。
 祝、契約継続決定!

「みんな、今夜は祝杯だー!」
「「おおお!」」

 サイハテ村製無限ジョウロ、目玉商品として確立された。
 次なる目標はお宿の設立である。
 絶対にテルマエ付きにしたい、とオレをはじめとする、旅に出たメンバー全員が意見した。
 村長と、大工のガンテじいさん、その弟子ビリーが、テルマエとはなんぞやということでアントニウスさんの宿を体験すべく宿場町に向かった。


 半月後、帰ってきた三人のゴーサインでテルマエ付きお宿の建設が決定した。
 宿の主はオリビアさん。料理長はナルシェだ。オリビアさん、料理以外ならできるものね。

 アントニウスさんからもらった設計図をもとにして、大工組は宿屋の建設。
 残る村人はアーティファクト収拾、食料捕獲、ジョウロ制作に糸紡ぎとそれぞれ分担する。

 オレとミミは、発案した責任者としてジョウロ制作組。
 今日も今日とてジョウロ制作に勤しむ。
 板に釘を打ち付け、ジョウロの基礎となる手持ち桶を作る。

「ふふふふ。あとどれくらいで宿ができるかな。楽しみだな、ミミ。完成したら毎日風呂に入り放題だなー」
「キムラン。ひとはそれを、レクサスのかわざんよーという。テルマエ、まだできてない」
「うぐっ」

 パソコンの前のみんな、見てるかな。キムランチャンネルのキムランだよー。
 異世界でできた自称オレの母、ミミかあさんは今日もツッコミが鋭いです。



image
50/66ページ