ユーメシ! 〜ゲーム実況ユーチューバーの異世界メシテロ〜
サイハテ村を発ってからおよそ半月。
ついにオレたちは目的地であるノーシスに着いた。
汽笛が響き渡る街の中、港にはパイレーツなんとかな映画に出てくるような帆船が何艘も見える。
「すっげーーーー! 海だ、船だーーーーー!!!!」
「キムランうるさい」
〈にゃ〉
「ごめんなさい」
着いて早々ミミかあさん(&ポチ)に叱られた。
「全くもう。いい年してなに海くらいではしゃいでいるのよ、キムラン。海なんて村のそばにもあるでしょ」
ユーイさんが肩をすくめる。
ミミ、ナルシェ、コトリさんも別に飛び跳ねたりしない。このメンツではしゃいでいるのは、年長者のオレだけだった事実。
すみません。修学旅行大好き人間だったもんで、旅先で見る○カイツリーとかスケールのでかいもんとか好きなんす。
「だって村には帆船なんてなかったじゃん」
「村の近くは浅い海岸ですしモンスターが多いので、船が避けて通るんですよ」
「残念だ。帆船は男のロマンなのに」
オレもこっちに転移してきた時、いきなり海の中からレクサスが出てきたもんな。あんなのがうじゃうじゃいたら、船がいくらあっても沈めれてばかりになってしまう。
コトリさんは煉瓦造りの家が建ち並ぶ区画を指して歩き出す。
「みんな、来てくれ。私の生家はあちらにあるんだ。少々小さくて古いが、これくらいの人数なら問題なく泊まれる」
「おお。いいとこにとまれるの、たすかる」
「そうだね。ここ数日は野宿だったし、ゆっくり休めるのは嬉しい」
ミミとナルシェが駆け出し、オレも最後の一踏ん張りで荷物を抱えて、コトリさんの後に続く。
──そして今オレたちは、豪邸の前にいます。
小さくて古い家ってなんだっけ。オレの中の常識がぶっ壊れた。
中世を舞台にした映画に出て来そうな古めかしい煉瓦造りのお屋敷は、敷地がものすごく広い。庭だけでオレたちの暮らしている村が入っちゃいそうだ。
みんなで、あまりのスケールのデカさに絶句して屋敷を見上げている。
呆けているオレたちのもとに、黒いロングワンピースにエプロンをつけたお婆さんが静かに歩み寄ってきた。両手を重ね合わせて深々とお辞儀をする。
「おかえりなさいませ、コトリ様。そちらの方たちがお手紙にあったお客様ですね」
「ああ、少しの間だけ滞在するぞ、ばあや。私の大事な友人たちだから、丁重にもてなしてくれ。兄上は」
「かしこまりました。カズタカ様は会議がございますゆえ、夕刻にお戻りの予定です」
「そうか。では先にみんなを部屋に案内してくれ」
ばあやに敬語であれこれ言われて、当たり前に指示を出すコトリさん。やはり使用人がいることに慣れたお嬢様なんだ。
屋敷には当主の使い魔もいるから、ポチも遠慮なく入っていいと言ってもらえた。ポチだけ町の外に待機なんてかわいそうなことにならなくてよかった。
それにしても、カズタカなんて、日本人みたいな名前だな。コトリさんにしても日本人でよくいる名前だ。単なる偶然?
客室は一人一部屋与えてくれたが、一人で寝るのを嫌がったミミ(とポチ)がオレの部屋に転がり込んできた。まだ5才だもん、寂しいよな。
部屋には光沢を抑えたアンティークな調度品の数々があり、汚すのが怖くて震える。指紋をつけるのもためらわれるような、明らかに高級なやつだ。ベッドも焦げ茶色の厚い木材で作られていて、寝台はふんわりふかふか。
そこにポチが『いい爪とぎ発見!』とばかりに伸びを──
「ポチやめろおおおお! こんな見るからに高い家具に傷つけたら、弁償がいくらになるかわからねーだろう!」
〈みぎゃ!〉
首根っこに飛びついて爪とぎを止めさせる。不満げに鳴くポチ。
「キムラン、ネコはつめをとぐものだ」
「ミミ、ポチの味方しちゃだめぇ!」
寝ている間に家具を引っかかれたらまずいから、ポチには庭で寝てもらうことになった。許せポチ。精神的な疲れを覚えて仮眠を取っているうちに、夕刻になっていた。
当主のカズタカさんが帰ってきたということで、オレたちは貴重な時間を割いてもらってカズタカさんの書斎で対面することになった。
コトリさんが扉をノックをして、来訪を告げる。
「兄上。連れてまいりました」
「入れ」
短い返事を確認して、部屋に入る。
黒髪オッドアイの青年が、革張りの椅子に背を預けながらこちらを向く。左目が琥珀色で右目が赤。地球じゃ絶対にお目にかかれないカラーリングだ。
日本人みたいな名前でも、やっぱり異世界の人なんだな。
「ようこそ、お客人。私はカズタカ・シノミヤ。このシノミヤ家の当主だ。妹からの手紙で、君たちの要望は知っているよ」
「はじめまして。わたしはキムランいえ、……セイヤ・キムラと申します。この度はお話をする機会を与えていただき誠にありがとうございます」
なんだかこの人の前では本名で名乗らないといけないような気がして、オレは数カ月ぶりに自分の本名で挨拶をした。
ユーイさん、ナルシェ、ミミもそれぞれ挨拶をする。
カズタカさんは何か考えるように目を伏せて、聞いてくる。
「キムラ……? もしかして君はナガレビトかな。それも日本からの」
「は、はい。確かにそうです。なぜ、貴方が日本のことを」
この世界に来て日本のことを知っている人に会ったのは二人目だ。一人はアントニウスさん。オレと同じ、地球から来た人。
「家名でなんとなく察したかもしれないが、シノミヤ家の始祖が日本人なのさ。長い時を経てこちらの人間の血が多く入ったから、今では魔法使いを多く排出する一族になった。それでも初代当主の意向で、シノミヤ家の人間は日本人の名前というのをつけられる」
「そうなんですね。こちらで日本の血を引く人に出会えるなんて思いませんでした」
「私も、始祖様と同じ日本人に出会えるなんて光栄だよ」
カズタカさんとかたい握手を交わす。そっかー。日本人、やっぱりオレ以外にも転移してきてたのかー。感動のあまりむせび泣きそう。
「キムラン。まほうぐ、もらえることになったのか?」
「あ、ごめんミミ。交渉はこれから」
居住まいを正して、本題に入る。
「改めまして。オレたち、水魔法具が欲しいんです。シノミヤ家と専属契約をしたくて伺いました」
「そこまでは聞いている。私が聞きたいのはその先だ。確かに私は己の魔力で水魔法具を生成できるが、君たちに協力するメリットはどこにある?」
カズタカさんはオレと同郷の人ではなく、経営者、当主の顔になって質問を投げかけてくる。「日本つながりのよしみで譲ってやる」なんて話にならないあたり真っ当な考えを持った当主だ。
それに答えたのはナルシェだ。緊張してギクシャクした動きになりながらも、精一杯言葉をつむぐ。
「僕たちは今、村で庶民向けのジョウロを開発しています。水魔法具を合成すれば無限に水を出せるから、何度も水汲みに行く煩わしさから開放されますし、井戸のない地域でも重宝されると思います」
「そこにあるのはあくまでも購入者、利用者のメリットだろう。私のメリットがどこにも見いだせないのだが。中身がない交渉をするために来たわけではあるまい」
「あ、ええと、ううんと」
ニッコリと優しく微笑んで、毒とトゲのあることを言うカズタカさん。自分に利益がないなら動かない、普通に考えてソウデスヨネー。ナルシェは厳しいことを言われると思わなかったようで、しどろもどろになっている。
「兄上! そのような言い方は……」
苦言を呈するコトリさんを、ユーイさんが制した。
「いいのよ、コトリ。こんな話一つで譲ってくれるなんてむしのいい話あるわけないもの。きちんと話して説き伏せないと。そうよね、キムラン」
「おうよ。モチのロン! いっちょがんばろうぜ、ミミ」
「うむ」
選手交代。遠路はるばるここまできたんだ。手ぶらで帰れるわけがない。カズタカさんが納得してくれるよう、更に踏み込んだ話をしようじゃないか。
ついにオレたちは目的地であるノーシスに着いた。
汽笛が響き渡る街の中、港にはパイレーツなんとかな映画に出てくるような帆船が何艘も見える。
「すっげーーーー! 海だ、船だーーーーー!!!!」
「キムランうるさい」
〈にゃ〉
「ごめんなさい」
着いて早々ミミかあさん(&ポチ)に叱られた。
「全くもう。いい年してなに海くらいではしゃいでいるのよ、キムラン。海なんて村のそばにもあるでしょ」
ユーイさんが肩をすくめる。
ミミ、ナルシェ、コトリさんも別に飛び跳ねたりしない。このメンツではしゃいでいるのは、年長者のオレだけだった事実。
すみません。修学旅行大好き人間だったもんで、旅先で見る○カイツリーとかスケールのでかいもんとか好きなんす。
「だって村には帆船なんてなかったじゃん」
「村の近くは浅い海岸ですしモンスターが多いので、船が避けて通るんですよ」
「残念だ。帆船は男のロマンなのに」
オレもこっちに転移してきた時、いきなり海の中からレクサスが出てきたもんな。あんなのがうじゃうじゃいたら、船がいくらあっても沈めれてばかりになってしまう。
コトリさんは煉瓦造りの家が建ち並ぶ区画を指して歩き出す。
「みんな、来てくれ。私の生家はあちらにあるんだ。少々小さくて古いが、これくらいの人数なら問題なく泊まれる」
「おお。いいとこにとまれるの、たすかる」
「そうだね。ここ数日は野宿だったし、ゆっくり休めるのは嬉しい」
ミミとナルシェが駆け出し、オレも最後の一踏ん張りで荷物を抱えて、コトリさんの後に続く。
──そして今オレたちは、豪邸の前にいます。
小さくて古い家ってなんだっけ。オレの中の常識がぶっ壊れた。
中世を舞台にした映画に出て来そうな古めかしい煉瓦造りのお屋敷は、敷地がものすごく広い。庭だけでオレたちの暮らしている村が入っちゃいそうだ。
みんなで、あまりのスケールのデカさに絶句して屋敷を見上げている。
呆けているオレたちのもとに、黒いロングワンピースにエプロンをつけたお婆さんが静かに歩み寄ってきた。両手を重ね合わせて深々とお辞儀をする。
「おかえりなさいませ、コトリ様。そちらの方たちがお手紙にあったお客様ですね」
「ああ、少しの間だけ滞在するぞ、ばあや。私の大事な友人たちだから、丁重にもてなしてくれ。兄上は」
「かしこまりました。カズタカ様は会議がございますゆえ、夕刻にお戻りの予定です」
「そうか。では先にみんなを部屋に案内してくれ」
ばあやに敬語であれこれ言われて、当たり前に指示を出すコトリさん。やはり使用人がいることに慣れたお嬢様なんだ。
屋敷には当主の使い魔もいるから、ポチも遠慮なく入っていいと言ってもらえた。ポチだけ町の外に待機なんてかわいそうなことにならなくてよかった。
それにしても、カズタカなんて、日本人みたいな名前だな。コトリさんにしても日本人でよくいる名前だ。単なる偶然?
客室は一人一部屋与えてくれたが、一人で寝るのを嫌がったミミ(とポチ)がオレの部屋に転がり込んできた。まだ5才だもん、寂しいよな。
部屋には光沢を抑えたアンティークな調度品の数々があり、汚すのが怖くて震える。指紋をつけるのもためらわれるような、明らかに高級なやつだ。ベッドも焦げ茶色の厚い木材で作られていて、寝台はふんわりふかふか。
そこにポチが『いい爪とぎ発見!』とばかりに伸びを──
「ポチやめろおおおお! こんな見るからに高い家具に傷つけたら、弁償がいくらになるかわからねーだろう!」
〈みぎゃ!〉
首根っこに飛びついて爪とぎを止めさせる。不満げに鳴くポチ。
「キムラン、ネコはつめをとぐものだ」
「ミミ、ポチの味方しちゃだめぇ!」
寝ている間に家具を引っかかれたらまずいから、ポチには庭で寝てもらうことになった。許せポチ。精神的な疲れを覚えて仮眠を取っているうちに、夕刻になっていた。
当主のカズタカさんが帰ってきたということで、オレたちは貴重な時間を割いてもらってカズタカさんの書斎で対面することになった。
コトリさんが扉をノックをして、来訪を告げる。
「兄上。連れてまいりました」
「入れ」
短い返事を確認して、部屋に入る。
黒髪オッドアイの青年が、革張りの椅子に背を預けながらこちらを向く。左目が琥珀色で右目が赤。地球じゃ絶対にお目にかかれないカラーリングだ。
日本人みたいな名前でも、やっぱり異世界の人なんだな。
「ようこそ、お客人。私はカズタカ・シノミヤ。このシノミヤ家の当主だ。妹からの手紙で、君たちの要望は知っているよ」
「はじめまして。わたしはキムランいえ、……セイヤ・キムラと申します。この度はお話をする機会を与えていただき誠にありがとうございます」
なんだかこの人の前では本名で名乗らないといけないような気がして、オレは数カ月ぶりに自分の本名で挨拶をした。
ユーイさん、ナルシェ、ミミもそれぞれ挨拶をする。
カズタカさんは何か考えるように目を伏せて、聞いてくる。
「キムラ……? もしかして君はナガレビトかな。それも日本からの」
「は、はい。確かにそうです。なぜ、貴方が日本のことを」
この世界に来て日本のことを知っている人に会ったのは二人目だ。一人はアントニウスさん。オレと同じ、地球から来た人。
「家名でなんとなく察したかもしれないが、シノミヤ家の始祖が日本人なのさ。長い時を経てこちらの人間の血が多く入ったから、今では魔法使いを多く排出する一族になった。それでも初代当主の意向で、シノミヤ家の人間は日本人の名前というのをつけられる」
「そうなんですね。こちらで日本の血を引く人に出会えるなんて思いませんでした」
「私も、始祖様と同じ日本人に出会えるなんて光栄だよ」
カズタカさんとかたい握手を交わす。そっかー。日本人、やっぱりオレ以外にも転移してきてたのかー。感動のあまりむせび泣きそう。
「キムラン。まほうぐ、もらえることになったのか?」
「あ、ごめんミミ。交渉はこれから」
居住まいを正して、本題に入る。
「改めまして。オレたち、水魔法具が欲しいんです。シノミヤ家と専属契約をしたくて伺いました」
「そこまでは聞いている。私が聞きたいのはその先だ。確かに私は己の魔力で水魔法具を生成できるが、君たちに協力するメリットはどこにある?」
カズタカさんはオレと同郷の人ではなく、経営者、当主の顔になって質問を投げかけてくる。「日本つながりのよしみで譲ってやる」なんて話にならないあたり真っ当な考えを持った当主だ。
それに答えたのはナルシェだ。緊張してギクシャクした動きになりながらも、精一杯言葉をつむぐ。
「僕たちは今、村で庶民向けのジョウロを開発しています。水魔法具を合成すれば無限に水を出せるから、何度も水汲みに行く煩わしさから開放されますし、井戸のない地域でも重宝されると思います」
「そこにあるのはあくまでも購入者、利用者のメリットだろう。私のメリットがどこにも見いだせないのだが。中身がない交渉をするために来たわけではあるまい」
「あ、ええと、ううんと」
ニッコリと優しく微笑んで、毒とトゲのあることを言うカズタカさん。自分に利益がないなら動かない、普通に考えてソウデスヨネー。ナルシェは厳しいことを言われると思わなかったようで、しどろもどろになっている。
「兄上! そのような言い方は……」
苦言を呈するコトリさんを、ユーイさんが制した。
「いいのよ、コトリ。こんな話一つで譲ってくれるなんてむしのいい話あるわけないもの。きちんと話して説き伏せないと。そうよね、キムラン」
「おうよ。モチのロン! いっちょがんばろうぜ、ミミ」
「うむ」
選手交代。遠路はるばるここまできたんだ。手ぶらで帰れるわけがない。カズタカさんが納得してくれるよう、更に踏み込んだ話をしようじゃないか。