ユーメシ! 〜ゲーム実況ユーチューバーの異世界メシテロ〜

 翌日の夕方、予定通り宿場町トマリエについた。町の名前の通り宿が何件も並んでいて、各宿の前で従業員が呼び込みをしている。
 
「羊車をとめられますぜー! そこの商人さんうちを使いなよ!」
「うちの宿は朝食つきよ〜! 自慢の料理なの。泊まっていって!」

 泊まる先を吟味して、商人や旅人がお眼鏡にかなった宿に入っていく。


「へぇ〜。ヴェヌスとはまた違う感じで面白いな、この町」
「僕も初めて来ました。あ、宿のお客さんが使うのかな。あっちに立ち食いの屋台もたくさんありますよ」

 ナルシェが興味深げに町を見回して、屋台村を指す。その屋台の前には、いつの間にかコトリさんがいた。
 さすが腹ぺこ魔人、食べ物に目がない。

「コトリさ〜ん。食べ物買うのはいいけど、先に部屋を借りて荷物を置こうよ」

 呼びかけても、食べ物選びに熱中していて聞いちゃいない。

「ほっといていいわよキムラン。アタシたちは先に宿の部屋を取っておきましょ」
「どの宿にしましょう。ユーイさんはトマリエに来たことありますか?」
「実はあたしもトマリエは初めてなのよ。どこがいいかしら。あまり安すぎて、隙間風が吹き込むようなボロ宿じゃ困るでしょ。かと言って高い宿は手持ちの資金から考えて無理があるし」

 ユーイさん辛辣ぅ。
 心の中だけでツッコむ。
 隙間風吹くようなボロ宿じゃ客からの非難轟々で、オレたちが泊まるまでもなく潰れてそうだ。

「う〜ん。呼び込みの人たちに1泊の値段と設備を聞いてまわりますか?」
「ききこみか。わたしもてつだう」 

 額をつきあわせて考えていると、40半ばほどの男が、こっちもニコニコしちゃうくらい明るい笑顔でオレたちを呼び止めた。

「そこの旅の方。私はアントニウス言うね。この宿の主人。ぜひうちに泊まって自慢のテルマエを堪能してほしいですよ」
「テルマエって、風呂!?」

 聞き間違いでないなら、アントニウスはたしかにテルマエと言った。

「何驚いてんのよキムラン」
「風呂があるならオレ、この人の宿がいい」
「風呂って何です?」

 村には風呂文化がないから、みんなは意味がわからんという顔をしている。

「風呂《テルマエ》は湯をはった湯船というものに使って全身温まるものさ。この世界……この国では馴染みないみたいだけどね。私の故郷では公衆浴場が当たり前だったよ」
「この世界でってことは、もしかしてアントニウスもナガレビト?」
「そう。私はローマで皇帝ユリウス様のためテルマエ作ってたね! 貴方も、もしかしてローマの人?」

 テルマエがあった時代で皇帝って………え、アントニウスさん少なくとも1500年は昔の人??
 どういうことだ。どう見ても普通の人間だし、ゲームやマンガのエルフのように超長命ってわけでもなさそうだ。
 
「いや、オレがいた国は日本。他の国ではジャパンとかヤポーネとか言われてる。アントニウスさんがここに来たのって何年前?」
「へえー。君はヤポーネ人か。私はここに来てからもう14、5年経つかな。今年で45才になるよ。サイハテのドロシーっていう村長さんに助けられてね。ヤポーネの人と異世界で巡り合うなんて、不思議なこともあるもんだね」
「ああ。ほんとうに」

 地球からこちらの世界に迷い込むのがどういう原理かわからないけど、地球とこちらの時間の流れが違うのかもしれない。
 こちらで流れ着いた時間は15年くらいしか違わないのに、元いた世界では1000年以上の差がある。

 ユーイさんは目をぱちくりさせている。

「15年も前なのね。道理で、見覚えない人だと思った」
「んー? どういう意味ね?」
「あ、オレたちそのサイハテから来たんだ。オレはキムラン。ユーイさんとナルシェとミミはサイハテの人だよ」

 ユーイさん、ナルシェとミミがそれぞれかるく会釈して自己紹介する。

「アントニウスは、キムランとどうきょうなのか」
「わー、ミミ頭いい〜。よく同郷なんて言葉知ってたね」
「うむ。わたし、あたまいい」

 屋台飯を爆買いしてきたコトリさんもそこに合流した。

 一時的とはいえサイハテ村にいたということもあり、話に花が咲く。

「ドロシーさんは元気にしてるかい?」

 懐かしげに聞くアントニウスさんに、ユーイさんが笑顔で答える。

「ええ。今じゃ他の人に村長の座を譲って、語学の先生をしているわ。機会があったら会いに来くるといいわよ。昔と変わってないから」
「ああ。そうさせてもらうよ」

 ナガレビト同士のよしみということで、宿泊先はアントニウスさんのところに決めた。

 部屋に荷物を置いて、ソッコーで風呂に向かう。
 大衆浴場でも、風呂の構造は日本の銭湯とは違う。ローマのテルマエをベースに、こちらの世界に馴染むよう工夫して建築したのだろう。
 さすがに男女別になっているけど、石造りで2段の階段があり、下りたところが湯船になっている。
 壁には『ここに服をかける』『洗い場で汚れを落として浸かる』と書かれている。

 こっちに来てからずっと、たらいにお湯を入れてタオル浴だったから懐かしすぎて涙がちょちょぎれるわ。
 他の客は風呂に来てないから二人の貸切状態。

「やっほーーい! 久々の風呂だ!!」
「ええっキムランさん何で平然と脱げるんです。………テルマエって、人前で服を脱がないといけないんですか」

 あ、なんかナルシェが引いてる。
 アントニウスさんの言うように、こっちの世界に大衆浴場文化はないようだ。他に泊まり客がいるのに貸切状態なのって、もしかしてそのせいか。

「同性なんだからそこまで引かなくても。オレの暮らしていた国にも風呂があってさ。家に必ず一つはあるってくらいには生活に浸透しているんだ」

 オレはさっさと体を洗って、数カ月ぶりの風呂に浸かる。
 人肌よりやや熱い湯。最高の湯加減だ。沸かすのに魔法具を駆使しているようで、風呂の底に魔法陣が刻まれている。 

「あー、いい湯だー! ナルシェ。いろんなこと勉強したいなら、異文化に触れるのも立派な勉強だぜ。せっかくの風呂だし入れよ」

 泳ぎたくなるハートを必死に宥めて、風呂を堪能する。
 困ったような顔をしていたナルシェだが、観念して服を脱いだ。
 初めて海に入る子どものように、おっかなびっくり湯に足先をつけ、湯船に浸かる。

「…………これがテルマエ」
「どうだ〜。いい感じだろ?」
「わ、悪くないです」

 悪くないとツレナイことを言いながらも、口元がゆるゆるになっている。 
 翌朝、オレが何も言わずとも自発的に風呂に入っていたから、お気に入りに登録されたようだ。
 ナルシェくん、このまま風呂の良さにどハマりして、村にテルマエ作ってくれないかな。なんて思ったりした。



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