ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜

 ファジュルとルゥルアは護衛を伴って開拓地区を訪れていた。

 雲一つない真っ青な空のもとで、黄金色の麦穂が風の流れに合わせて踊っている。

 鼻に届くは、生ゴミの匂いでも汚物の臭いでもない。
 土と植物の香り。
 そして開拓区の住宅からはパンとスープの香りが漂ってくる。
 追いかけっこしている子どもたちが、ファジュルとルゥルアの横を通り抜けていった。 


 ここがゴミと瓦礫だらけのスラムだったなんて、初めて訪れる人にはわからないんじゃないか。
 そう思うくらいに様変わりしている。
 ファジュルはスラムで暮らしていた頃と変わらず、ルゥルアの左手を引いて歩く。

「懐かしいな。反乱軍の決起からもう二年以上も経ったのか」
「そうね。わたしたちが住んでいたの、このあたりでしょ?」

 ルゥルアは市場から歩いた距離感で、このあたりだったと推測したようだ。
 ボロボロだった家屋は取り壊され、耕地になっている。

 王女だったイーリスがここに来た日。あの日イーリスが声をかけたのがファジュルでなかったなら、今日という日はなかったかもしれない。

 そして、ファジュルがスラムで暮らしていなければ、スラムに捨てられたルゥルアと出会っていなかったら、今と違う未来になっていた。

 ルゥルアも同じことを思ったのか、かつて住んでいたこの場所に立ち、感慨深そうに目を細める。

 柔らかな風が吹いて、首に巻いたターバンを揺らす。

「全然面影がないな」
「そのほうがいいけど、ちょっとだけ寂しいね」

 顔を見合わせて小さく笑う。 

「ファジュル、ルゥルア! 元気そうだなぁ! みんなー、ファジュルたちが来たぞ!」

 住民たちが、ファジュルとルゥルアが来たと知ると集まってきた。農作業していた者たちも手を止めて笑顔を向けてくれる。
 ひとしきり思い出話をして、暮らしが前よりもよくなったと言ってもらえる。
 革命のあとに生まれた子なんだ、と女性が赤ちゃんを抱えて見せにくる。

 革命を起こしたことで失われたものもあったけれど、革命があったからこそ芽吹いた命もある。



「ルゥの言うとおりだったな」
「なあに?」
「一人では無理でも、みんなで手を取り合えば国だって変えられるって」
「うん」

 繋いだ手のぬくもりを感じる。
 ファジュルの瞳の先では、金色の穂が揺れている。
 
「マタルとリーフが大人になる頃には、まだスラムのままの区域も過ごしやすくなるよね」
「ああ。一年二年では足りなくても、マタルたちが大人になる頃にはきっと」

 護衛をしていたエウフェミアが口を開いた。 

「ファジュル、ルゥルア。そろそろ帰らないと、リーフが目を覚ます時間じゃない?」
「そうね、ありがとうエウフェミアさん」

 リーフはマタルが一才になる頃に生まれた娘だ。
 兄のマタルと違ってあまり泣かない。大人しすぎて心配になるが、ルゥルアは「ファジュル似で静かなだけじゃないかな」という。
 
 ユーニスも勉強がない時間は「おれ、お兄ちゃんだから」と子どもたちの相手をしてくれる。マタルだけでなくヤークトとリーフの面倒をみる。ひとりっ子だから、きょうだいがたくさんいるのはとても楽しいらしい。

 ユーニスがファジュルのあとをついてまわっていたように、数年後はマタルたちがユーニスの後ろを雛鳥のようにくっついていくのかと思うと微笑ましい。

「帰りましょう、ファジュル」
「ああ。行こう、ルゥ」

 開発区をあとにするまえに、かつて暮らしていた場所を振り返る。
 
 ーー誰もが人として扱われて、人らしい生活を送れる国にしたい。ルゥやみんなが幸せになれる未来がほしい。

 左手で父の形見ジャンビーヤに触れ、あの日の誓いを忘れないよう心に刻む。
 


  




 ファジュルたちの起こした革命は、イズティハルだけでなく近隣諸国の歴史書にも記されている。

 イズティハル王国は、『貧民は人にあらず、ドブネズミである』としていた時代がある。
 王の兄が玉座を簒奪し、追われた王子は貧民として暮らすことになった。
 己の生まれを知らず、貧民として育った王子は旗頭となり、貧民たちを率いて玉座を勝ち取った。 
 だからこの革命戦争はこう呼ばれている。

 ーードブネズミの革命、と。


 完


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